ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の2 忍者ブログ

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【長編】鬼狼の物語 其の2

「肉に酒……やはり美味な食べ物ですね」

鬼はそんな暢気なことを、天井に向かって呟く。
食店に行き、夕飯を食べ終えた鬼狼と風夢は宿へ戻っていた。
風夢は自分達の荷物を整頓しており、鬼狼はベッドの上に寝転がっている。
鬼狼はぼーっとして、食店での出来事を思い返す。

食店に行く時、鬼狼は店に入るや否や、肉料理と酒を躊躇することもなく、次から次へと山のように注文するのであった。
涎を垂らしながら飯を心待ちにしていたが、自分達の持ち合わせている銀のことを一切気にもかけていないのである。
それを見た風夢がまた、鬼狼の脳天めがけて鋼の鉄槌をくらわせ、鬼狼の注文したものを全て一度キャンセル。それでも暫くの間、鬼狼はまともな食事をとっていなかった為、注文する品は多少多く、高い代金を支払うことになったであった。
風夢は、スパゲッティとクレープを注文。ちなみに甘いものは彼女の好物であり、クレープを食べている時は、幸福に満ちた表情をしていたのである。
テーブルには酒が大量に並んでいたが、それに手をつけない風夢を見て、鬼狼を歓迎してくれた村人の一人が酒を勧めてきた。しかし風夢はそれを丁重な仕草で。どうやら彼女は、酒はあまり好きではないようであった。
一方の鬼狼はぐびぐびと酒を飲み、その場に居合わせた村人を驚かしているのである。
そんな豪と柔、相反するものを持つ二人が一緒に旅をしていた。種族も鬼と人間という、珍しい形で。
はたから見たら上手くやれているのか、心配になる二人組だが、その関係は良好であった。
だが二人がやる事は、それとは裏腹に破天荒な行動ばかりである。

「――という感じで、見事クロさんは即座に人工的なダムを作り、大洪水を防いだのでした」
「うわ~……鬼さん凄いですね!」
風夢はいつの間にか、自分達の借りた宿の部屋に入ってきていた優子に、昔話を聞かせてあげていた。
その話は、自分達の旅の話。鬼狼の今まで起こしてきた物語の一部を、風夢は語っていたのである。
小さい子供にも理解できるように言葉を選んで語ったのがよかったのか、優子は鬼狼に憧れの眼差しをキラキラと向けていた。
当の本人はお腹をさすって、肉を食することができたのに悦を感じて、ベッドに寝転がっている。何ともだらしない鬼だ。
「じゃあ、優子ちゃん。そろそろお父さんの所に戻ろうか?」
「え~! まだお話聞きたいですー!」
頬を膨らまして抗議する優子だが、もう夜も遅い。あまり夜更かしさせるものではないと風夢は判断していたのである。
「明日もあるから……ね? お姉ちゃん達も眠いし……」
「そのちっこい身長で、己のことをお姉ちゃんというなんて――風夢いい加減自覚を……」
刹那。風夢は腰に手を伸ばし、抜刀。
そのまま寝転がっている鬼狼に向かって、雷の如く振り下ろした。
「ぬおおおぉぉぉぉぉぅぅう!」
即座に両手を上空に上げ、降り注ぐ雷のような凶器を受け止める。
金属同士がぶつかり合うような、鈍い音が部屋に響き渡った。鬼の腕がビリビリと震え、金属と同等の硬さを誇っている。
「今なんて言った? 今なんて言ったのかなクロさぁ~ん?」
どうやら小さいと言われたことが気に喰わなかったのだろう。風夢は激怒のオーラを纏っているかのように思え、妙に強い威圧感が鬼狼に襲っていた。
黒い笑みを浮かべ、明るさ半分、怒り半分が混じった声で脅してくる風夢。
可愛らしい笑みが逆に恐怖を増して、鬼狼に問いかけていた。
いつもなら弱い力なのだが、この時はその倍以上の力が加えられている感覚である。
彼女は自分の身長に関して、色々悩んでいるのであった。
「ご、御免なさい! 我が悪かったです! 我が悪かったです!」
「分かればいいんだよ」
風夢は力を抜き、刀を腰に差してある鞘にすっぽりと収め、鋼で出来た重々しい刀の姿は隠れる。
いきなり刀で襲われて驚いた鬼狼は、アハハハと乾いた笑いをして平静を装っていた。
鬼狼も素手で鋼の刀を受け止めるあたり、驚異的な行為である。
幾ら少女とはいえ、本気で振り下ろした衝撃を受けて、怪我一つ見られないのも奇妙なことだ。
もちろん風夢は、これぐらいの衝撃を与えないと相手は怯まないことを理解していた。この程度で鬼は死にもしないし、怪我も負わせることが出来ないことは把握している。
だが、さっきの攻撃は殺意が混じっているように感じられた。見た目とは似合わず、恐ろしい少女である。
「おーっ」
優子はその一部始終を見て、感嘆の声を漏らしながら、手をパチパチと叩く。
幼いせいか、今の出来事に死に至る危険性があるということを、優子は考えていなかった。
「別に拍手する所ではないですよ。優子ちゃん……」
「そうなのですか?」
「いや、そうなのですかじゃなくてですね……」
鬼狼は長い吐息をすると、優子にいつものように笑顔を作って見せ、口を開く。
「まぁ、優子ちゃんはもう父親か母親の所へ行きなさい。我らはもうお休みの時間ですから」
鬼狼は優しい表情を優子に向けて、見つめていた。
しかし、優子が素直に言う事を聞いてくれるかと思いきや……。

「あ。あたしの家に、お母さんいないんです!」

予想外の反応をされ、鬼狼と風夢は少しの間、唖然とした。
「――いない?」
鬼狼がもう一度聞きなおすように言い、首を傾げる。
「うん。お父さんから聞いたんだけど、半年位前にお星様になって、遠くの世界に行ってしまったらしいです!」
その話を聞いて、二人の顔から笑顔が消えていった。
――それが何を意味するのか……二人は知っていたからである。
百パーセント、それが真実とは決まったことではないが、おそらく――亡くなったのだろう。
大抵人が星になったというのは人間の言い伝えで、死んだことを意味するのだから。
人が死ぬと星になる。それが誠なのか嘘なのかは誰にも判断することも出来ないのだが、このような小さい子には、一番良い伝え方だったのだろう。
それを伝えた父である良一は、恐らく悲しんでいるのだろう。
母の死を、擬似表現であったとしても子に伝える時、きっと複雑な気持ちになっていたのだろうと風夢は思った。
「きっと元気にしているよ。お母さん」
「うん! お母さん、あたしをいつも見ているらしいです! お母さん凄いです!」
「あはは、凄いね~……」
風夢は無理やり笑顔を作り出し、それに対して元気良く答える優子。
この子に真実を教えるべきじゃない。
そう判断しての風夢の行動だった。彼女が労わりの心を持っていた為に起こした行動であったのだ。
――だが。

「この世の生物は、絶対星にはならん」

鬼は……鬼狼は、虚を伝える事を許さなかった。
人が亡くなったという事実から誤魔化すことを、鬼は見逃さない。

「――人は未来永劫、星にはならん」

先刻まであった優しげな表情はなく、この村にきて見せたことのない真剣な表情をしていた。
表情が変われば、口調も丁寧なものから、威厳のあるもののそれに変わっていた。
――鬼狼が本当に鬼ということを感じることができる光景。
この部屋の空気が、鬼狼の見えない圧倒的な威圧で、振動しているかのようにピリピリした。
それを感じ、不安な表情をする優子。
しかし、鬼狼はそんな優子にお構いなく語り続ける。
「よいか優子。汝の母は――」
「クロさんッ!」
鬼狼の発言を、途中で風夢が叫んで遮った。
「あっ……」
鬼狼から滲み出していた畏れの威圧に、風夢は無理やり逆らうように叫ぶ。すると元の鬼狼の雰囲気に返った。
風夢は落ち着きのない様子で優子に近寄り、両手ですくうようにして優しく包み込んで、抱っこしてあげる。
「――行こう。お父さんの所まで送るよ」
「お姉ちゃん?」
「大丈夫だよ。クロさんは少しあなたを驚かしたかっただけだから……ね?」
「うん……御免なさい」
「優子ちゃんは何も悪くないのっ。ほら、いくよっ」
風夢はそう言うや否や、部屋の扉を開け、良一の所に向かう。部屋にたった一人、鬼狼が残された。
「……我はまた、人を悲しませてしまったのでしょうか」
鬼狼の呟きは、砂糖のように空気に溶けていってしまった。
鬼狼はただ真実を告げようとしただけ。
隠し事はいつかばれる。嘘はいつか気付かれるのだ。
ならば、真実を告げるのが優しさだろう。鬼狼はそう思い話そうとしただけであった。
「ふぅ……」
沈黙した部屋にドアが開く音が響く。
風夢が優子を良一の所まで連れて行き、部屋に帰って来た。
風夢は両手を腰に当てると溜息をつき、目線を鬼狼に向ける。
「クロさん。駄目だよ、あんな小さい子なんだから。それに死んだかどうかも分かってないじゃんさ……」
「いずれ真実を知ってしまうでしょう。それにあの言いようだと、死んだという可能性が高いでしょう」
「だけどさ。急に伝えて、心が壊れてしまったらどうするの?」
「あははは。そんなことがあるわけ……」
笑って誤魔化そうとしたが、急に鬼狼は発言を止め、考え込んでしまった。
何か心当たりがあったのだろう。鬼狼は既に千年以上生き続けている為、心当たりになるものが、一つ、二つとでてくるのもおかしくない。
しかし、鬼は正々堂々とした力強い信念を持ち、嘘を言うのを嫌う一族。
鬼狼にもその血が身体中に流れているのだ。相手に偽の言葉を伝えることなんて出来るわけもなく、誠なる言葉を投げつけてしまう。
それが鬼。それが鬼狼であった。
「鬼は平気かもしれない。でも、人間はクロさんの思っている以上に脆い生き物なんだよ」
「――分かっています。分かっていますよ、それぐらい。でも我は、人に言い続ける真似は出来ません」
そう言うと鬼狼はベッドに横たわり、数秒後、寝息が聞こえてきた。既に不貞寝してしまったようである。
数秒で寝たことに関しては、風夢はいつも通りのことと思っている為か、驚きはしない。
「――優しいんだけど、不器用なんだよね。クロさんは……」
風夢はそう言うと、部屋を照らしている灯火を消し、辺りが一瞬にして闇に包まれる。

「おやすみなさい。クロさん」

闇の中で彼の名を風夢は呼び、自分の身体を抱えるようにして、夢の中へ堕ちていった。

~@~

「……夢、叶うと良いね」

緑の草原に、青の空。
風景はただその二つで構成されていた。
その風景の中で、一人の鬼と、一人の少女が笑っている。
目の前に映る少女は風夢のようであったが、違う人であった。
その少女は、鬼狼の千年前に出会った友達。
鬼狼がこの世界から去り、鬼の世界に戻る前に仲良くなった友達だった。
「えぇ。叶えてみせます。きっと……」
鬼狼がそう言うと、その少女は霧のように歪みだし、ゆっくりと消滅していく。
少女がどこかに消えてしまう。もう二度と会うことができなくなってしまう。
鬼狼は少女に向かって、必死に手を伸ばした。
いかないで、いかないでと、頭の中で何度も思いながら、その少女を掴もうとする。
だが、突然自分の立っている草原がなくなり、鬼狼は闇に堕ちた。

「む?」
鬼狼が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
木造で出来た天井を鬼狼は暫しの間見つめ、頭を整理させる。
「あぁ、夢でしたか……」
さっきの記憶が夢だと気づくと、ごろりと寝返りをうち、隣で寝ている風夢を見た。
彼女の寝顔がそこにあり、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
「――似ていますね。やっぱり」
鬼狼はさっきの夢に出てきた少女と、風夢を照らし合わせてそう呟いた。
千年前にいたはずの少女と風夢は、同一人物の様に似過ぎている。
あの日、風夢と出会ったのは偶然だったのか、必然だったのか分からない。
風夢にも、この話をしたことはある。だけれども、彼女はあくまで似ている人がいたと思っているだけであり、自分と何か関連性があるとは思っていなかった。
だが鬼狼は感じている。風夢はあの少女が鬼狼にくれたプレゼントなのだろうと。
「……それにしても眠いですね」
まだ鬼狼は寝足りなかったのか、そんなことを呟いた。
鬼狼は大きな欠伸をして再び夢の中に行く為に、瞳を閉じる。

鬼狼は此処にいる。
友との約束を果たし、此処にいる。
――夢を叶える為に、此処にいる。

~@~

明朝。

風夢は鬼狼より先に起床し、宿から外に一度出て、自分達の馬の手入れをする。
自分達の所持している馬の鬣を櫛で通し、糞を処理した。
馬車の中は空っぽで何も無い。盗難防止の為、既に宿に移動させておいた。
しばらくすると鬼狼が目を覚ましてきて、寝ぼけながらも風夢におはようと優しく微笑んで挨拶をする。鬼狼はのほほんとしており、昨晩の言い争いを忘れているようだ。
鬼は、長々と気にするような性質ではない為、直ぐに立ち直る。……そして、何度も同じ過ちを起こしてしまうのだ。
鬼狼はどこかに行ってしまったが、直ぐに宿に戻ってきて、馬に立派な緑色をした草を与える。どっからか引っこ抜いて来たのだろう。
そんな鬼狼の様子を見た風夢は宿に戻り、良一にシャワーを借りても良いかと聞く。すると快く良一は承諾してくれ、風夢はシャワーを浴びにいった。
シャワーを浴び終え、着替えの緑のジャケットに白のワンピースを着て、髪をサイドテールに結ぶ。
良一にお礼を言い、シャワーを浴びている間にどこかへ行ってしまった鬼狼の居場所を彼に聞くと、食店に行ったらしく、風夢は急いで食店に向かうことにした。
そこには既に朝食を食べている鬼狼の姿。先に食べておくなんてずるい……と風夢が言うと、鬼狼は笑って誤魔化す。
また勝手に料理を注文しており、バンバン料理が運ばれてきた。嫌な予感がした風夢は、店の人に注文した分を聞いてみる。店の人が答えた額は一万銀を余裕で超えており、彼女から笑顔が消滅した。
とりあえず風夢は抜刀し、鬼狼の頭部を強打。まだ来ていない分の料理を店の人に何とかキャンセルしてもらい、出費を抑えた。風夢はまた鬼狼を強く叱りつけたが、しばらくしたらまた忘れてしまうだろう。鬼狼は物覚えが良くない。
何だかんだあったが、風夢も朝食をそこで済ますと、鬼狼と一緒に宿に戻ることにした。


「う~ん。だけど、一人は流石に……」
「大丈夫だよお父さん。あたしに任せて!」
「しかし……」
良一と優子達が何やら言い合っている所に、鬼狼達が帰ってきた。
「あぁ、鬼狼さんに風夢さん。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました。何か話していたようですが、何かあったのですか?」
いつもより丁寧な口調で、風夢は良一に何があったのか聞こうとした。
少しの間、良一は悩み込んだ。
話しても良いものかどうか迷っているのだろうか。鬼狼と風夢は仲良くシンクロするように首を傾げ、良一の返答を待っていた。
良一はよしっと呟くと、鬼狼達に向けて口を開いた。
「実は鬼狼さん達の為に、祝いの宴会でも行おうかと思っていまして……」
「宴会! 本当ですか!」
「え、えぇ……」
鬼狼が急に勢いよく食いついてきたのに、驚きながらも返事する良一。
「宴会! 宴会!」
「ク、クロさん。落ち着いて」
「だって、宴会ですよ風夢! 宴会良いじゃないですかぐふぉがっは!」
発言の途中で、風夢がまた刀で殴打。鬼狼は殴打された腹を押さえながらもやったーっと、良いながら右腕を上げていた。
それもそう、鬼は楽しそうな行事に目がない。鬼狼も多分に洩れず、目を星のように輝かせて、良一を見つめていた。
「で、ですが。ちょっと食事の方で、とある食材をきらしていまして……」
「とある食材?」
「ケサールといわれる草なのですが」
「んむぅ? 我はその草は知りませんねぇ」
「――ケサールって」
すると、話に耳を傾けていた風夢が、二人の会話に割り込んできた。
「確か、主にお酒に使用する草で、磨り潰して粉状になった物を入れると、ほんのり甘い香りして、甘みが増す草だったっけ?」
「あら、詳しいですね風夢さん。その通りですよ」
「応用として、蒸し料理にも使われていたはず」
「ほー。それは知りませんでしたね……」
風夢の的確にケサールの用途を言う知識の広さに、良一は感心する。
「というか。何故風夢がそんな事知っているのですか?」
「本だよ。読んだ事あるからね」
鬼狼の問いに、風夢は得意げに答える。独学で得た知識を、風夢は頭の中の図書館から取り出してきたのであった。
「本来、私が摘みに行くのですが、少し用事が入ってしまって、どうも行けそうにないのですよね」
「そこであたしが摘みに行こうって言ったのです!」
「道中は危ない道もありますし、何より妖怪などに襲われては困ります。そのことで私は心配しているのですが……」
良一は娘に行ってもらうとありがたいが、心配して行かせるかどうか迷っていたようだ。親としては可愛い我が子を危険な目に合わせる訳にもいかないだろう。
それを聞いた鬼狼は、なんだそんな事かというかのような微笑を見せて、
「なら、我らが同伴して取りに行きますよ。どうせ暇ですから」
彼らお得意の人助け任務を開始したのであった。

~@~

村から北東へ約十分。遠くから見ても分かる、一際目立つ大きな山だった。
山の入り口は草木が左右に分かれており、人の通る道が出来ている。
「この奥にケサールがあるんだよ!」
そう溌剌とした声で優子は教えてくれた。
優子は、身の丈以上の籠を担ぎ、鬼狼達と一緒に同行。どうやらその籠の中にケサールを入れ込むのだろうと、風夢は思っていた。
優子は先ほどから風夢にしか話しておらず、鬼狼からは少し距離を置いた所にいる。
無意識的なのか分からないが、昨晩の事で鬼狼に畏れを抱いてしまったようだ。
鬼狼はいつも通りニコニコしているが、その反面、どこか寂しそうな微笑であった。
そんな鬼狼とは対照的に、風夢は優子の話に耳を傾け、優しく返答する。優子の可愛らしい仕草を見るのを楽しんでいるようだった。
風夢は少し落ち込んでいる鬼狼のことは少し心配していたが、目の前で楽しそうに話している優子の相手で手一杯である。
「そういえば、お姉ちゃん」
「ん? なに?」
風夢から声が返ってきたと同時に、優子は彼女の首からぶら下がっている小さなネックレスに指差した。
「それ、綺麗です! どこかで買ってきたのですか?」
「あぁ、これ?」
風夢はネックレスに付いている飴玉ほどのエメラルドに輝く宝石を掴み、優子に見せた。興味津々でエメラルドを見つめる優子。やはり女の子である為か、こういうものにも興味があるのだろう。
「これね、お母さんから貰ったものなんだよ」
「お母さんからです?」
「うん。……と言っても、記憶が曖昧なんだけどね」
「記憶がですか?」
優子はゆらりと小首を横に傾げる。それを見てクスリと風夢が微笑し、口を開く。
「私、昔のこと忘れちゃったんだよね。お父さんのことも、お母さんのことも……ほとんど思い出せないの。意識が戻った時にはクロさんが私に名前をくれて、一緒に旅をすることにしたんだよ」
「そうなのですか~……」
「もしかしたらお父さんとお母さんは、私の帰りを待っているのかもしれないねっ」
そう言うと、風夢は踊るように身体をくるりと回した。ネックレスのエメラルドと同じように、風夢の翠髪が輝きながら綺麗にそよぐ。
「あ、お姉ちゃん待って下さいですー!」
その後を追いかけるように、優子もついていった。
少女二人は、楽しげに軽やかに森を駆けていく。

――だけど、その背後。悲しそうな表情で鬼狼が見つめていたのを、二人とも気付かなかったのであった。


監視されているかのように、道の両脇に木々が並んでおり、鬼狼達はその間を縫うように一歩ずつ前へ進んで行く。
木々を一度抜けると思うと、そこには橋があり、下を見ると目が眩む程の深い、暗黒の谷が存在していた。
風夢は橋を渡るのを少し躊躇い、後ずさりしてしまったが、優子は元気よく橋を渡っていく。
「年上の汝より、年下のあの汝の方が勇気あるんですねぇ」
「う、うるさいなぁ。もう……」
鬼狼に痛いところを突かれて、風夢は呻く。
おどおどしながらも、風夢は渡り始め、鬼狼もその後を追う。風で橋が揺れるたびに、風夢は足をがくがくと震わせて橋の縄を掴む。
「ぁー、駄目……怖い怖い怖い死んじゃう死んじゃう……」
風夢が呪文のように、涙ぐみながら呟く。
鬼狼はその姿を見て、何だか微笑ましく思った。
「ほら、手を貸しますよ」
「ぇ……ぁ、うん。ありがとう」
半分涙目になっていた風夢の手を鬼狼が握り、しっかり支えてあげながら橋を渡った。
渡り終えると、一息大きく風夢は深呼吸する。
深呼吸を終えると、まだ鬼狼と手を繋いでいるのに気がついたのか、慌てて手を離した。
「ご、御免っ!」
「いや、いいんですよ。これくらいのこと」
「う~……」
顔を真っ赤にして、風夢は顔を俯かせる。
普段、あれだけ鬼狼の世話をしているような子だ。普段と逆の立場を晒してしまって、恥ずかしかったのだろう。
「お姉ちゃ~ん! こっちですよ~!」
「あ、今行くよ~」
優子に呼ばれ、走って彼女の元まで行く風夢。
その後をゆっくりと鬼狼は歩いて、彼女達の後に続いた。


緑に挟まれた空間を歩き、急に広い道になる。
「ついた! ここですー!」
広い道の右脇には巨大な岩璧がそびえ立ち、所々にある岩壁の隙間に草が生えている。
その草こそが――ケサールだった。
「ぁ~。確かにここだと、陽の光が当たりっぱなしだから、生えるわけね……」
「陽の光と何か関係あるのですか?」
「ケサールは、沢山日光に当たる所にしか生えないんだよね~。それもこういった地面じゃなく、壁のような所にしか。だから条件が揃わない所では、こんなにぽんぽん生えたりしないんだって」
「へぇ~」
風夢の説明を聞き、納得する鬼狼。
そして舌なめずりし、着物の腕を捲くりながら高らかに言う。
「それでは集めましょうか。宴会の為にも。――あぁ、お酒とお肉が我を待っている!」
鬼狼は大地を強く蹴り、空に向かって飛んだ。ふわりと、鬼狼の着物が羽毛のように舞い上がり、岩壁を蹴るようにして足を突っ込むと、また上に向かって跳躍。
人間なら絶対真似できそうに無いほどの高さまで飛び、遥か上にあるケサールの草を摘み始めた。
「別にそんな上にある草を取らなくてもいいのに……」
風夢がそう、ぼそっと呟いた。
そんなことに構うもんかと言うかのように、鬼狼は壁にくっつきケサールを採取し続ける。
「さて、私達も集めよっか」
「うんっ!」
優子は背負っていた籠を下ろし蓋を開けた。風夢が中から鎌を取り出すと、二人は鎌を手に取りそれぞれ分かれて、岩壁の下の方にあるケサールを取り始めた。
「あ、そうだ。クロさーん!」
風夢は何かを思い出したのか、蜘蛛のように壁にべったりと張り付いている鬼狼を呼んだ。
「ん、なんですかー?」
足だけ岩壁に突っ込んでおいて、上半身を大きく反らせて、逆さまの状態で風夢を見た。
風夢は危ないよと注意しようとしたが、彼ならあれくらい危なくないだろうと判断したのか、そのまま続けて内容を言う。
「えっと……ケサールの草は、根っこから抜かないで、葉だけ千切るようにとってね~」
「え、なんでですか?」
「根っこさえあれば、またケサールは生えてくるからね。今後の為にも丸ごと引っこ抜くのは良くないと思うよー」
「あ~。把握しました~」
鬼狼は話を聞き終えると、タンッと軽く眼壁を蹴る音を鳴らし、風のように飄々と宙を舞い、また壁に張り付く。
華麗なる絶技だが、風夢はそちらには目もくれず、黙々とケサールを摘んでいた。
優子はたまにおどおどした様子で鬼狼を見るが、やがてケサールを狩る作業に戻り、見ないフリをする。他の者から見れば、あまりにも奇妙な場面と言えるだろう。
――彼らは、異端者であった。

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