ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の3 忍者ブログ

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【長編】鬼狼の物語 其の3

「ふぅ……そろそろ戻りますか」
岩壁にがっしりと足を突っ込み、垂直になるようにして、壁に立っている鬼狼。
既に彼の着物の中には、大量のケサールが詰め込まれていた。まるで鬼狼自体が、木に変貌してしまったのでないかと疑ってしまうような姿。
鬼狼は壁からすっと離れ、重力に身を任せ、地上に落下していく。
地上に着地したのと同時に、その重力の力が鬼狼の身体を襲い、彼は地からの反動を身体全体で浴びて、両足で身体を支えた。
上機嫌の鬼狼は着物の中からケサールを引っ張り出し、優子の持ってきた籠の中に入れた。
風夢と優子のお陰で、籠の中には半分くらいのケサールが入っていたが、鬼狼がどばっと入れたお陰で、満杯になったのである。
満足そうな笑みを鬼狼はして、籠の蓋を無理やりケサールを押し込むように閉めた。そして彼はケサールが集まったことを報告する為に風夢の方に向かって、声をかけようとする。

が、……その瞬間。
鬼狼の肌が、何か違和感を感じた。
辺りの景色は何も変わっていない。風夢も、優子も変化した様子はなかった。

変わったのは――周囲の空気。

見えない何かが、変わったのだ。鬼狼の身体に纏わりつく何か。
「(これは、殺気?)」
そう察した鬼狼は、辺りをくまなく観察。鬼狼の勘が反応し、どこから殺気が発生しているのかを集中して確認する。
鬼としての勘を頼りに、危険を回避しようと必死に探した。
「(しかし、これは……)」
鬼狼が何かを感じ取ると、風夢の方に視点を合わせ、上下左右に目を動かした。
「上かッ!」
天を見上げとある物を発見し、鬼狼は風夢の下へ走った。

鬼狼が見たのは……岩壁の上にある大きな岩。
そしてそこに漆黒の影がいた。ここからでは相手との距離が遠すぎて、何者か確認出来ない。
影の主が、その岩を思いっきり押して、風夢に向かって転がり落とした。

「――ちょっと、何を考えているんですか、あの汝は!」
どのような相手かもよく分からない影に向かって、鬼狼は怒りを抱えつつ、まるで狼の如き勢いで、大地を駆け抜ける。
「あれ? クロさん?」
「しゃがんでください!」
「えっ……?」
風夢は一秒位、状況が判断できずに気の抜けた表情を見せる。更にその一秒後に鬼狼の言葉通り、その場に両足を抱えるようにしてしゃがみこんだ。
鬼狼は風夢の前に立つと、右腕を噛み、手に紅色の血を流す。血まみれの拳に膨大な鬼神の力を込め、前に突き出した。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉお!」
「――ッ!」
落石に気付いた風夢が声にならない悲鳴を上げた時には、既に鬼狼の拳が繰り出された時だった。
巨大な岩に鬼狼の拳がぶつかり、黒い爆炎を巻き起こす。
割れたのではなく、砕けたのでもない。
岩と拳の間に黒い火花が散り、爆発していったのである。岩は漆黒の爆風と共に、粉々になっていった。
落石はもう存在せず、殺気も霧散していく。
鬼狼の右手から少し血が流れていたが、その傷口をまるで血が生きているかのように蠢き、閉ざしてしまった。
そんなことは気にせずに、鬼狼は上空を見上げる。
先程あった、何者かの影は無く、逃げ去った後のようだった。
「むぐ、逃げられましたか」
風夢を殺害しようとした者を追おうとしたが、既に相手の気配は消えていた為に、鬼狼は二人の傍を離れないことを優先。
「風夢。怪我は無いですか? 大丈夫ですか?」
「う、うん……」
「お姉ちゃああああああああああああああん!」
そこに弾丸の如く走ってきた優子は、叫びながら風夢に宙を跳んだ。
「うぐふぉあ!」
――鬼狼に思いっきり頭突きを食らわせながらであったが。
そんな鬼狼に目もくれず、優子は風夢が無事かどうかばかりを心配していた。
「大丈夫? 生きてる? 怪我ない? 痛くない?」
「うん。大丈夫だよ。クロさんのお陰でどこも怪我してないよ……」
意識的に笑顔を作り、優子を安心させようとするが、風夢も動揺を隠せないままでいた。
「クロさん。今のは……」
「んむ。自然災害によるものではなく、人為的に起こしたものでしょうね。――ぼんやりとでしたが、岩を落とした相手の姿形だけは見えましたし」
顎に手をあてながら、鬼狼は風夢の問いたかったことを予測し、回答。風夢は黙ると、複雑そうな表情をして目を細めた。
「人かそれとも妖怪か霊の仕業か……。風夢は何か恨まれるようなこと、ここらでしましたか?」
「う~ん……。クロさんを殴りかかったくらい?」
「鬼さんが、お姉ちゃんを殺そうとしたんですね!」
「いや、そんなことあるわけないじゃないですか!」
三人で漫才のような会話をし、風夢はあはは……と、乾いた苦笑いで、殺伐とした空気を中和させた。
鬼狼は角をコンコンっと叩くと、考えが纏まったのか安全策を取ることにする。
「とりあえず、ケサールはもう十分集まったので、ここから離れましょう。ここら辺から、嫌な感じがしますしね」
「了解」
――命を狙われている以上、ここに長居するのは得策ではない。
そう結論を出した鬼狼達は、ケサールの籠を取りに行くべく移動するのであった。


「いくらなんでもこの量は……」
「む。多すぎですかね?」
もっさりと籠の中に入っているケサールを見て、風夢は飽きれながら言う。
「この量じゃ、優子ちゃんが持っていくことができないじゃん……」
「だ、大丈夫です! あたし、持って帰ります!」
意地を張っているのだろうか。優子はケサールの詰まった籠の蓋を閉めて、小さな身体で背負い、歩きだした。
しかし、足元が明らかにふらついており、優子が無理している様子が丸分かりである。
鬼狼がそれを見て苦笑し、優子に近づいて手を差し出した。
「ほら。我が持ちますよ」
「で、でもあたしの役目ですし……」
「困った時はお互いよう。我はこういう力仕事の方が得意ですから。――そういう時は、得意な人に任せてみるものですよ」
鬼狼は白い歯を見せ、爽やかに微笑みながら優子に語る。
優子は不思議そうに聞いた後、籠を背中から地面に下ろした。
「は、はいこれ。ありがとうございます」
「まぁ、得意な人って言っても。我は鬼なんですけどねぇ」
そう言うと鬼狼は大笑いして、優子からケサールの詰まった籠を受け取った。軽々と片手で掴み取った鬼狼は、両腕を籠の紐に通し、背負う。
元気よく鬼狼は木々を間を通り、前に進み始める。
「行こっか」
風夢はそう言うと、連なって二人で仲良く歩き、鬼狼の後を追いかける。
鬼狼は笑顔で元気そうに歩いているが、周囲を警戒しているようでもあった。前後左右、くるくると回るように、彼は常に注意をはらっている。
「……鬼さん。本当に優しいんですね」
優子がぽつりとそう呟いた。
風夢がその呟きを耳で拾うと、微笑して優子に答える。
「そうだね。クロさんは本当に優しい鬼だと思うよ」
「――昨日のあの鬼さんを見て思い出したんです」
急に優子が語り始め、風夢はそれを静かに聞く。
「鬼は人を食べてしまう恐ろしい者。鬼は人を殺すおぞましい者。本来はそう言い伝えられていたのですから」
「――それは後々、私も考えた事だったね」
「でもあの鬼さんの噂は、明らかに言い伝えとは違いました。人を助けたり、優しくしてくれる鬼だと。そしてそれは本当だったのです」
「…………」
黙りこんだ風夢。
少し戸惑った表情の彼女に、優子は真っ直ぐな視線を向ける。純粋すぎる瞳が、風夢を見つめていた。
「ねぇお姉ちゃん。鬼さんのお伽話は本当にあったことなんですか? それとも嘘だったのですか?」
風夢はその言葉を聞いて、険しい顔をして黙り込んだ。
鬼狼達の砂利を踏みつけ進んでいく音と、鬼狼の気分良さげに歌っている声が響き渡る。彼には二人の会話が聞こえていないのか、背後にいる風夢達を気にした様子は無い。
「それは本当のことだよ、優子ちゃん」
風夢は唐突に、優子の問いに答えた。とても暗い声で答えを紡ぎ出す。
「クロさん自身が言っていたことがあったから、お伽話は本当だよ」
「だったら、あの鬼さんはなんであんな……」
「クロさんはね……鬼に嫌われた鬼なの」
風夢の悲しそうな、それでも綺麗な声で優子に告げる。
「クロさんは、元々人間が好きな人で、愛していた人もいたみたい。自分にとって美味なる食材である人を、ほとんど食べたことはないんだって」
「それで他の鬼さん達に嫌われちゃったのですか?」
「鬼から見たら、それはおかしなことだからね。変わり者の存在がクロさんなの。――ただ、クロさんも他の鬼をあまり好いていなかったみたい。人を食材だと決めつける鬼が多かったから」
「そう……なのですか……」
優子は鬼狼を横目でそっと見る。
鬼狼は辺りをキョロキョロしつつも、歌声混じりに踊るようにした。
そしてやはり、いつもと同じ温かい笑顔。人々に安らぎを与えるような微笑みである。
「でもね。鬼狼さんも他の鬼と共に、一度この世界から離れたんだよ。それが鬼がお伽話となってしまった日」
優子は風夢のその話を聞いてはっとなった。
鬼が言い伝えになってしまったのは、鬼がこの世から消えてしまったから。
そして、長い月日が流れたからである。
「鬼さん……何年間この世界にいなかったのですか?」
その問いに、風夢は風と共に――言葉を奏でるように言った。

「――千年だよ」

奏でられた時は……人にとっては、一度の人生だけでは生きていくことの出来ぬ、長い月日だった。
「クロさんは千年もの間、妖力と呼ばれる力を溜めて、鬼の世界からこちらの世界に自力でやってきたんだよ。――本当は他の鬼と協力しないと打ち破れない結界と呼ばれる境界の壁を、一人で破ってきたの」
「……そんなに人のことが」
「好きだったんだろうね。だから、こちらの世界に戻ってきたんだよ」
千年の時を経ても、想いが変わることはなかった。
人々と、愛する者と過ごした日々を忘却の彼方へ追いやることはなく、いつの日かこの世界に戻ると己の心に約束し、それを果たす。
その強靭たる心が、強く強く伝わってくる話である。
「そういえば、鬼さん達はこの世界から居なくなってしまったのですよね?」
「うん。そうだよ」
「鬼さん達がいなくなった理由って、なんなのですか? 何か大きな理由でも?」
「それは……」
「それは我から話しましょうか」
風夢と優子は驚いて、声の聞こえた鬼狼の方に振り向いた。
いつの間にか傍にいた鬼狼に、
「いつの間にクロさん……」
と思わず呟く。
鬼狼は苦笑しながら、頭にある角を擦った。
「いやだって、二人ともなかなか歩いてこっちに来ないものですから」
「……ぁ」
その時初めて、風夢は気付く。
いつの間にか足取りを止めて会話をしていたらしい。それでは心配して、鬼狼が近寄ってくるのは無理ない話だ。
「それに、話も全部聞いてましたしね」
「ふぇ?」
「まったく。我の聴力をなめないで欲しいものですよ。あれくらいの距離で、二人だけの会話を聞くことぐらいできます」
鬼狼はただ、何も聞いていないフリをしているだけだったらしい。
風夢はちょっと顔を強張らせていたが、鬼狼は怒ることもなく語り始めた。
「鬼が人々の前から去った理由……。それは、人々が鬼より強くなったからですよ」
「――鬼よりも強く?」
「そうです。人々は高度の知識を持っています。その力で、鬼を殺す術と知恵を得た。まぁ、鬼のいなくなった現在では、そんなことないんでしょうけれどもね」
鬼狼は遠い日のことを思い出すように、淡々と語り続ける。
青すぎる空を見上げながら……。
「我ら鬼は知恵をあまり持ちません。このまま人々に同胞を殺されているのを、黙ってみている訳にもいかず、かといって対抗する術を我らは持っていなかった。……後は分かりますね?」
優子はしっかりと首を縦に振った。とても真剣な瞳で、鬼狼を見つめる。
「我はこの世界に残りたかったけれども、同胞が殺されたのはさすがに心が揺らぎましたし、鬼は集団行動が絶対的な生き物なんです。我はこの世界を捨てるしかなかった」
「そう……なのですか」
鬼狼は空から優子に視線を戻し、優しい微笑みを見せた。
「と、まぁこんな理由ですね。それでもこの世界を忘れられずに帰ってきたことです」
鬼狼は全て話終えると、くるりと鬼狼は身体を反対方向に向け、のしのしと歩き始めた。
しかし鬼狼はすぐに歩みを止める。
背後から優子が鬼狼の足に抱きついてきたからであった。
「どうしました?」

「――おかえりなさい。優しい鬼さん」

それを聞いた鬼狼は大きく目を見開いた。
やがてゆっくりと瞳を閉じ、鬼狼は右手を優子の頭の上に乗せて、優しく撫でる。
優子は一切嫌がったりはしなかった。
「ただいま。人間さん」
二人は笑うと、そのまま一緒に手を繋ぎ、歩き始めた。
そして、鬼狼は顔だけを風夢に向け、言葉を投げつける。
「風夢」
「ん……ぁ。クロさん、勝手にあんなこと話してごめ……」
「ありがとう。感謝してますよ」
その言葉にびっくりして、風夢は鬼狼の顔を見ようとしたが、もう前の方を見て優子と一緒に森の中を進んでいく。
そのありがとうの意味を、風夢はよく理解できなかった。


「ぁ~……またここを通るのか~……」
風夢が渋った声で嘆いた。
来る時にも通った奈落の谷と橋。
そんな中、既に優子は橋を渡り始めていた。
ギシギシと鳴り響く橋を、お構い無しに走って行く。
「年上の汝より、年下の汝の方が――」
「もうそれは聞いたよ……。行けばいいんだよね。行けばー……」
悲痛な声でそう言うと、鬼狼の身体を掴んで風夢は進み始める。行きよりも何故か大袈裟に怖がっていた。
ゆっくりと二人は歩いて行く中、優子は既に存在せず、向こう側に渡りきっている。
「鬼さん早く~!」
「我も早く行きたい所ですが、この汝がですね……」
意地悪そうに鬼狼がそう言うと、
「ぅ~……」
と、子猫のように風夢が呻いた。それを見て、ニヤニヤと楽しむように微笑む鬼狼。
「クロさん。そんなこと言わなくてもいいじゃん。鬼っ、悪魔っ」
「いや、我は鬼ですし」
「……誰が上手いことを言えと」
こんな状況でも、普通に漫才を繰り広げているあたり、余裕そうな雰囲気だった。
だが……。

ゾワァ――。

「――っ!」
鬼狼は再び訪れた殺気を感知し、歩みを止めた。
急に歩みを止めたことで、風夢は何事かと思い、半分涙目で鬼狼を見る。しかしそんな風夢に目もくれず、辺りを見回す。
「(近くにはいないようですが……)」
鬼狼は優子に視線を向けると、優子は笑顔で応答した。
鬼狼としては、優子に危害が無いように早くこの橋を渡りたい所。
そう判断して、一歩足を前に進めたが、そこで足元を見ていた風夢が思わぬものを目撃する。
橋の側面に貼り付けられた箱のような物体。そこから風夢の嗅覚が捕らえたのは……火薬の匂い。
「クロさん、下がって!」
「むっ?」
「火薬! 爆発する恐れがあるから逃げて!」
風夢にそう強く言われ、鬼狼は二、三歩下がった。
やがて鬼狼も気付いたのか、風夢を抱えて渡って来た橋を全速力で戻る。
しかし、少し遅かったようだ。
「んむっ?」
鬼狼達が先程いた所が、急に爆発したのだ。橋は爆撃に耐え切れず、真っ二つに破壊された。
「きゃっ!」
風夢が急な出来事に小さく悲鳴を上げる。
橋がバランスを崩し、重力に引っ張られた。
「おぉう! 危ないですねぇ!」
鬼狼は左手で風夢をしっかりと抱き、右手で橋のロープを掴む。
鬼狼達はロープが切れたことにより、前に大きく揺さ振られた。
二人の身体が振られたその先、目の前に映ったのは硬そうな岩。
「……っ!」
このままでは二人とも岩壁に叩きつけられ、肉塊になるだろう。
そう幻視した風夢は、生への執着からか小さく悲鳴を漏らす。瞳を強く閉じて鬼狼に祈るようにしてしがみついた。
「波乱万丈な物語ですね……。まったく」
鬼狼はそうぼそっと誰にも聞こえないくらい小さな声で呟くと、足に力を溜めて衝突寸前に壁を蹴飛ばした。
すると二つの力がぶつかり合い、橋は動くのを止める。彼は衝撃を相殺して、自分達が受けるはずの力を無にした。
当然その力は、鬼狼の足から全身に伝わるはずなのだが、これっぽっちも彼の足は痛んだ様子はない。
「風夢」
「な、何?」
橋のロープを掴みぶら下がった状態のまま、鬼狼は風夢の名を呼んだ。
もしここで鬼狼がロープを放せば、暗黒の谷にまっさかさまに落ちて、二人はこの世からおさらばする羽目になるだろう。
向こう側で優子が必死に叫び、鬼狼達を心配している様子を風夢は見た。
優子が心配しているそんな状況でも、鬼狼は常に冷静で楽しげである。
風夢はどうしても谷底をと見てしまい、ガクガクと身体が震えていた。
鬼狼はそんな風夢の様子を見て、彼女の視線を谷底から逸らす為に問い始める。
「我の跳躍で、あっちの足場まで届きますかね?」
「な、何言ってるの! この距離ならクロさん良く跳んでるじゃん!」
「ぇー。でも不安なんですよねー」
そんな無茶苦茶なと思いながらも、風夢は飛びそうな意識を何とか制御する。優子のいる方に向かって、彼女は真っ直ぐな瞳で睨みつけた。
風夢はぶつぶつと何かを呪文のように呟き、頭の中で演算した結果を鬼狼に報告する。
「距離は三十四・二七メートル、風向きは北北東、風力二・九、気温は二六度、湿度三六度、鬼狼さんは百八・七十六メートルまで跳べる! 十分届くよ!」
「いや、距離だけで良かったのですが。――てか、本当に凄いですねその特技」
「いいから早くどうにかして! 死ぬから、嫌だから、意識とぶから! 早くしてぇ!」
「ちょ、分かりました! こんなところで暴れないで下さい! 落ちますから! うおっふぉぉぅ!」
風夢は当たり前のように距離などを計算したが、それは天賦の才能であろう。――もっとも、今の彼女はそれを思わせないくらい、冷静というものからかけ離れすぎているが。
暴れようとする彼女を押さえ、鬼狼はしっかりと抱きしめた。
「まぁいいでしょう。――それなら、我の足で届きそうですね」
風夢は鬼狼のその言葉を聞いた瞬間、顔が真っ青になった。
「ちょっと、クロさん。まさかこの状態から行……」
「跳びますよ」
「ちょっと! せめてここの崖の上に乗ってから……!」
風夢の意見を聞く耳を持たぬ鬼狼は、籠をしっかりと背負い、壁を強烈な勢いで蹴飛ばした。
そして風夢をしっかりとお姫様抱っこして、青空に向かって飛ぶ。飄々と風が唸り、二人の髪を揺らし、奈落の谷を越えて行く。
脅威なる跳躍力。
鬼の身体能力は人間を超越しており、傍から見れば空を歩く超人に見えた。
やがて山なりのように飛んでいた鬼狼達はゆるりと落下し始める。そして、優子のいる向こう側に、ふわりと優しく舞い降りた。
「到着!」
抱きかかえていた風夢を地に降ろすと、優子に向かってガッツポーズを決めた。
まるでサーカスのような出来事に感動したのか、優子は両手をパチパチと叩く。
「クロさん。いつも唐突に行動しすぎだよ……」
無茶な行動に付き合わされた風夢は、一言愚痴を溢したが、二人とも聞く耳を持たないのであった。
そんな様子を見て、鬼狼の脳天を殴りつけようと思ったが、何言っても無駄かと判断する。
「だけど、あんな仕掛けまであるなんて……一体誰が……」
「いや~楽しかったですねぇ! あっはっは!」
「死ぬかもしれないっていうのにクロさんは……。二人とも行くよ。ここにいると、なんかと危険みたいだしね」
そんな鬼狼に風夢は呆れながら、二人に自分の意見を出し、たったと歩を進める。
「あ、お姉ちゃん待って~!」
その後をパタパタと優子もついていった。
鬼狼はその二人を見守ると、壊れた橋を一瞥する。橋のロープも板も綺麗に二つに切れており、既に橋という役目を失くしていた。
「ん~?」
鬼狼はしばらく何かを考えていたが、やがて風夢達を追って木々の中に消えていってしまった。

~@~

村に帰り着くと、何やら人だかりができており、ざわざわと村人が会話を交わしていた。
一体何事だろうと思い、鬼狼は迷わず村人の集まっている場所に近づいて行く。それに続いて風夢と優子、二人とも彼の後に続くようについていった。
「お。鬼狼さんじゃねぇか」
すると、一人の体格の良い男が、鬼狼達に話しかけてくる。顔に大きな傷跡が付いていて、一際目立っている男だった。
「あ、大雅(たいが)さん。お仕事お疲れ様です」
「おぉ。風夢ちゃん。ありがとな」
『大雅』と呼ばれた男は、風夢に渋い声で答え、口だけで笑った。
そんな中、鬼狼が風夢の方を叩き、耳に手を当てて言う。
「この汝。どなたでしたっけ?」
風夢はそれを聞いて、呆れたのか両肩をどさっと落とす。
そして鬼狼の耳に手を当て、ぼそぼそと伝える。
「忘れたの? この村に来た最初の日に、食堂で鬼狼さんと飲み比べしてた人じゃん」
「――ぁー。思い出しました。飲み比べで思い出しましたよ」
「これだからクロさんはもう……」
鬼狼は、大雅のことを思い出すや否や、彼の両手を掴み、握手を交わす。大雅は急のことに少し戸惑ったが、快く受け入れる良い人であった。
「そんなケサールを大量に摘んで来てくれるとは。すまねぇな鬼狼さん。あんたがたの為の宴会だってぇのに」
「いや、我達は好きでやっていたので。……ところで大雅さん。この人だかりは?」
あぁ、と大雅は呟くと、苦そうな顔をして、村人を流すように見る。
「また妖怪にやられちまってな」
「また?」
吐き捨てるように言う男には、怒りと悲しみが半々混じっている様子だった。
大雅は乱暴に人だかりのある方に親指を立てて指を指す。
風夢は人と人との合間を縫って、そこにあるものを見た。
それは……。
「……血痕」
地面に大量にへばりついている、ドロドロとした血の跡だった。
「あぁ、一人やられてしまってな。妖怪に喰われちまった」
人が妖怪に喰われたようだ。この世界ならよくあることである。
力持たぬ者、死あるのみ。それが彼らの生きる現実。
「結構血の臭いが古いですね。朝方頃にあったことなのですか?」
その言葉を聞いて、大雅は少し驚いた顔をした。
「へぇ~。そんなことも分かるんかいあんた。確かにその通りだ。朝、色々と処理させるのに忙しくてなぁ」
「――あぁ、良一さんの用事ってこのことだったのかなぁ……」
「ん? あぁ、確かに手伝ってくれたな」
風夢の呟きに、思い出したように言い返す大雅。
村人が死んでしまった。仲間が死んでしまったのだ。外せる用事ではあるまい。
「まぁ、宴会はちゃんとすっから、二人とも安心していきな」
「でも、いいんですか大雅さん? こんな時なのに……」
風夢がそう言うと、大雅は一息吐く。
そして真剣な眼差しで大雅は風夢を見つめた。
「こんな時だからこそ、やるべきなのかもしれないな。悲しんでばかりじゃ、死んだ人間もいい気分じゃないだろうに」
「…………」
「せめて今日は、鬼狼さん達の宴会も兼ねて、奴を笑って皆で見送るつもりだ。そのほうが俺達はよっぽどいいと思っているからな」
それがこの村の風習。
死を迎えた者を、笑って送る。死者を安心させて、黄泉の国へ行かせること。
それが正しいのかは、分からない。違う見方をすれば、不謹慎に見える行為。
だけれども、この村はこれが正しい行為なのだと信じていた。
「というわけでだ。精一杯のお持て成しをしてやっから、期待して待っていてくれや」
そう言い残し、大雅は村人の中へと紛れ込んでいって、見えなくなっていく。
未だに辺りは、世間話の好きな人々が、そこで集まって会話している。
「とりあえず宿に戻って、良一さんの所に行きましょう」
「……うん」
鬼狼達は、なんとも言えない空気を携えて、宿に戻ることにした。

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