ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の6 忍者ブログ

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【長編】鬼狼の物語 其の6

「するとさぁ! この男。嫁の仇! とか言いながら、俺に襲ってきたんだよねぇ! 人間が策も無しに妖怪なんかに勝てるはずないのになぁ!」
良一……、いや。良一に化けている妖怪は、ケラケラと笑いながら自分がしてきた悪行を、
愉快そうに村人と鬼狼達に話していた。
村人達は、怒りと概念はすぐには湧き出てこず、呆気にとられている。
無理もないだろう。自分達が親しんできたはずである村長が、突然妖怪でしたなどと言われても、なんと反応すれば良いか分かるはずがない。
「しかしまぁ村人達騙して、ゆっくり食事とってきたってのに。急に鬼がやってきて、しかも鬼狼と言ったら人間の味方の妖怪じゃねぇか。……村人達に騙させて殺そうと思ったが、全然駄目だなぁこりゃ。ったく。俺の幸せを邪魔しやがってよぉ?」
良一に化けている妖怪は、長々と愚痴を吐き捨てるように言う。
いずれ自分が妖怪とばれるのなら、今ここで正体を明かして鬼狼を倒したほうが手っ取り早い。そう判断しての行動だったのである。
あまりの状況に村人は感情をコントロールするのに必死だった。怒り、哀れみ、悲しみ、畏れ、憎しみ……感情が生まれては消え、消えてはまた生まれる。
「優子ちゃん……」
風夢は優子の傍に座り込み、必死に命を救おうと、考え込んでいた。
だがこれはもう、どうにもならない程の深い傷。助かる見込みはなかった。
「その優子って野郎も、てめぇらが目障りだから囮にして、お前らを殺すつもりだったのによぉー。てんで役立たねぇなそいつ。この村、過去から独裁主義の形態とってやがったから、村人は簡単に動かせるが、餓鬼は言う事聞きやしねぇ。いい年になるまで成熟させていつか喰おうと思ってたってのに。台無しだ、ちくしょうが」
その言葉を聞いた風夢は、怒りが心の底から込み上げてくるのが分かった。
勢い良く立ち上がると、鬼狼に負けない位の鬼の形相で、良一に化けている妖怪を睨みつける。
「あなたこんなことをして心が痛まないわけ……?」
「ん。なんでだ?」
良一は不思議そうに、そして楽しそうに風夢に聞く。
「人を喰って、相手の心を傷つけておいて、……それで心が苦しくならないかって聞いてるの!」
「んなこと知るかよ! いちいち考えていちゃぁ、話にならねぇ! それとも何か? お前達の殺して喰っている肉も魚もそんな事考えないといけねぇのか!」
「それとこれとは……」
「違うってか? まったく人間様は我侭だねぇ! 違わねぇだろ! 俺達はただ獲物を狩っていただけ、人間という食い物を手に入れようとしただけだ! それのどこが悪いんだぁ?」
「でも、人間には意思がある。強い想い。夢もある。沢山の人々が自分自身の物語を持っている! それを奪うなんて……私は理解できないよ」
風夢が一生懸命、相手に自分の想いを伝えようとする。だが良一に化けている妖怪は心底呆れたような顔で、こちらを見てきた。
「綺麗事を言えば済むと思ってるのか女? これだから人間は……妖怪を悪者としか見てねぇんだからな。お前らと一緒のことしてるだけだっつーのに」
「だから……っ」
「風夢」
風夢が説得の言葉を投げつけようとした時、言葉の戦争を鬼狼が止めた。
鬼狼は真っ直ぐな瞳で風夢を見て、彼女がそれ以上、良一に向かって発言しないように抑制する。
「――汝には少し、早過ぎる問題なのかもしれませんね」
「ぇ?」
「人間と妖怪は、いずれにせよ分かり合えぬもの。何が正しいか、何が正しくないか。それを判断するのは、自分自身。彼には彼なりの正しい道があるということです。特に、人間と妖怪はその道が違いすぎるのですよ」
「鬼狼さん……」
「――それでも望むんですよね我は。人間と妖怪が仲良く平和に暮らせる世界を……」
鬼狼は風夢にそう呟くように伝えると、振り向かずに良一に化けた妖怪のところまでズンズンと歩を進めていった。
「二つ程。汝に問う」
歩きながら、良一に化けた妖怪に向かって、話しかける。
「何故、最初この村に我らが来た時に、追い返さなかったのですか? 我はそこがどうしても理解し難いのです」
鬼狼の意見は確かに風夢も村人達も理解出来ぬ所であった。
鬼が此処にやってくる。邪魔される可能性があるのは十分承知だったはずだ。
「あぁ。その理由は意外と簡単なもんだぜ? こう見えても今まで村人と上手く関わってきたんでな。無下に旅人を追い出すのは、俺……良一という優男のやるべき行動じゃなかったんだよ。噂としてはお前達は善人となっている訳だしな」
ニヤニヤしながら、自慢げそうに話す良一に化けた妖怪。
両手を広げ、鬼狼達に自分の作戦を語り続ける。
「そこでだ。お前達に罪を擦り付けることにしたんだよ。そうすりゃ、俺の名誉も下がらずにお前らを追い出すことが出来る。……一人の人間を犠牲にしてな」
良一に化けた妖怪は、パチパチと自分に褒め称えるように拍手した。
彼は村人の一人を殺し、鬼狼達をこの村から追い出す火種としたのだ。
「汝の言い分は良く分かりました。では、もう一つの質問。いや、これは我の疑問ですがね」
鬼狼は冷静な態度を取りながらも、瞳から怒りを押さえ込んでいる様子が見えた。良一に化けた妖怪はニヤニヤと笑いながら、彼の質問に耳を傾けている。
「先程と同じ話です。『――本当に橋を真っ二つにしたのは、汝ですね?』」
その時は風夢と村人達は、その質問の意味を理解する事ができなかった。確か橋を壊したのは、村人達の爆弾の爆破によるものだったはず。
それなのに何故、良一に化けた妖怪を疑っているのか、誰一人分からずにいた。
――鬼狼と良一に化けている妖怪だけを除いて。
「こりゃおもしれぇ奴だな。いつ気付いた?」
「んー。勘ですね」
「はぁ? ふざけてるのか?」
「いや、どうしても我はあの橋に違和感を感じているんですよ。確かに爆発で壊れたはずの橋ですが、あの程度なら我の足なら足場に戻れたはずなんです。でも、急に橋が真っ二つに爆発で割れてしまって……どうも引っかかるんですよね」
長々と説明をした鬼狼を聞いた風夢が、それを聞き逃すことなく、鬼狼に質問する。未だに恐怖に怯えているようであった。それでも彼女は畏れを無理やり捻じ込むように、思考を動かす。
「――真っ二つに割れた?」
「えぇ、綺麗に真っ二つに。中央から爆発で切断されたように、橋は真っ二つになってましたね」
「――おかしい。あの爆発で橋がそんな崩れ方する訳無い。粉々に飛び散るようにして、破壊されるのが妥当のはずなのに……」
二人の会話を良一に化けた妖怪は、ゲラゲラと笑いながら聞いていた。
すると突然良一の身体から、煙のようなものが黙々と沸いて出てくる。良一の身体がゴキゴキと骨が折れる音がし、やがて変形していく。煙は増加し、身体中から噴出している。
ゴキリグシャリ、ガリッゴシャグチャ……。
決して心地よく聞けるような音ではない。骨が折れる音が鳴り響く。
やがて煙が消え、そこには良一ではない何者かが立っていた。
小柄な身体に短髪の黒髪。服が破れ現れた両腕は、月の光を浴びて、鋭く光っているようにも見える。
そして何よりも特徴的なのは、尖った目つきと耳。そして背に背負う、銀色に輝く4本の鎌。
良一の姿は跡形もなく、無くなっていた。
「お詫びに自己紹介といこうか。俺はかまいたちの『切雨(きりさめ)』。風すらも切り裂く妖怪だ。よろしくな」
怪しく微笑みながら、切雨と名乗った妖怪は両手に鎌を携えていた。
ここにきて初めて、良一に化けていたかまいたちの切雨の妖力を鬼狼は感じ取っている。
本来その妖力を感じることで、人間か妖怪かを判別することができるのだが、中には人に化け妖力を消す者もいるのだ。鬼狼はそのせいで、まんまと敵に騙されていた。
鬼狼は切雨の姿を見ても表情一つ変えず、口を開く。
「もう我のことは知っていると思いますが、名乗りだされたからにはこちらも名乗りませんとね」
彼はどんな時でもマイペースである。自分の持つ世界を、崩したりしない。
「我は鬼の鬼狼。人を愛する妖怪」
「愛するだぁ? 自分の食料だからか?」
「食料なんかにしませんよ。人自体が好きなのです」
やっぱり噂通り訳分からないやつだったかと思ったのか、切雨は呆れたように溜息をついた。
「汝の言いたいことは分かります。確かに汝のやっていることは、別段悪いことではありません。妖怪にとって当たり前のことですから」
急に鬼狼が切雨の意見を理解してきたのに驚いたのか、顔をじろりと見る。
「あれま、結構話が分かるじゃねぇか」
切雨はケケケと嬉しそうに笑った。
だがその笑みは、次の鬼狼の言葉によって、消滅することになる。
「だからこそ、我は汝を滅します」
切雨は一度戸惑い、はぁ、と声を漏らすが、それに構わず鬼狼は力強く語り続けた。
「我は人を愛しています。我は人々の笑顔こそが一番の好物なのです」
「……ふーん」
切雨はそれを聞いて、実につまらなそうに返事をする。
――それでいいのです。
我と汝の考えることでは、分かり合うことなんて到底不可能なのですから。
そう鬼狼は語りながら思っていた。
哀しく……哀しく思いながら。
「我には我の信じる道があります。守りたいものがあります。正義があります。我の守るべき人々を殺して嘲笑う汝を、我は許したくありません」
「……それがてめぇの信じる道の理由ってわけか」
「理由なんて結構単純なものです。好きだからやってるんですよ我は」
その瞬間、突然だった。
切雨は鬼狼の話の途中だというのにも関わらず、鎌を縦に振ったのである。
そこから風の歪みが生じ、空間が切り裂かれ、斬撃の真空波が一つ生まれて、真っ直ぐ飛ぶ。
鬼狼は両腕を十字に交差させ、前に突き出した。
真空波は鬼狼の腕に着弾し、じりじりと鬼狼の腕を削るようにして襲い掛かる。鬼狼は両腕に力を入れ、その真空波を綺麗に吹き飛ばし、目を細めて切雨を見た。
切雨は武器を使わず、素手で吹き飛ばした者は初めて見たのだろうか、とても驚きながらワクワクとした顔をしている。
「てめぇとは仲良くできそうだったんだがなぁ。考えが違うなら仕方ねぇ。変妖の偽善者なんて、到底分かり合えそうにねぇや」
「変妖も偽善者もよく言われます。……仕方ないですね」
そう鬼狼が呟くと同時に、急に彼の雰囲気が変わった。
鬼狼の立っている地から地響きが鳴り、大地に少しパキパキとヒビが入る。
眉間にしわを寄せ、切雨を睨んでいた。
急激な鬼狼の威圧に気圧されたのか、切雨は冷や汗を流しながらもハハハ……と小さく笑う。
「我は鬼。変妖と呼ばれる鬼の端くれ也。我は狼。妖の道を拒み、人の道を行く一匹狼」

「我は鬼狼。人を愛し、邪なる妖を滅する者也」

――変妖なる鬼。黒の炎が、彼の身体中で踊っていた。


鬼狼が大地を蹴飛ばし、切雨に一気に間合いを詰める。飛行をしているかのように、地面擦れ擦れを跳んでおり、滞空時間がかなり長い。
切雨が叫びながら、縦横無尽に鎌を振り回し、風を空間を刻み込んでいく。
そこから生まれたかまいたちを鬼狼は避けようとはせずに、拳で殴り潰していた。
スパァン! っと風が割れる音が幾度も鳴り響き、鬼狼の拳は紅く血に染まるが、そんなことも気にせず、ただ殴り、殴って、殴る、殴りまくる。
「こいつ正気かよ……!」
あまりにも強引な守り方に、切雨は驚いた。
その隙を狙って接近した鬼狼は、切雨の胸倉を掴み、ボールを投げる時と同じ要領で彼を投げ飛ばす。
切雨の視界に映る世界がグワンッと回り、胸倉から掴まれた感覚がなくなると同時に、彼に暴風が襲撃。
月に空に地に家に鬼狼に村人。様々なものが切雨の目に映っては流れていく。
やがて背に衝撃を受け、ようやく自分は投げ飛ばされたんだと理解する。
「あの野郎。――もうブチ切れた」
本気で相手せねば負けると判断したのか、鎌を更に二本。背から取り出した。
鬼狼が走ってこっちに追撃してくると確認をとると、切雨は軽く蹴る。
そこで奇妙な現象が起こった。
鬼狼は切雨の姿を捉えていたはずなのに、急に視界の中から一瞬にしていなくなったのである。
妖術による幻覚かと思った鬼狼だが……その予想は外れてしまう。
「どこを見ているんだぁ?」
「!」
鬼狼の背後から切雨の声が聞こえ、鬼狼は反射的に振り向く。しかし動いた直後に、鬼狼の腹や足、腕からドバッと噴水のように血が噴出した。
「うぐっ?」
鬼狼は何が起こったのかわからず、少し驚いたように顔を歪める。
やがて急激に血の噴出は抑えられたものの、ドクドクと少しずつ血が鬼狼を染めていた。
「汝……我が思っていた以上に身軽だな」
鬼狼は冷静に考え、何が起こったのか理解した。
切雨は鬼狼の目にも止まらぬような素早さで、何度も鬼狼を刻んだのだ。
「シャァッ!」
遠距離から再び鎌を縦に横に振り、かまいたちを発生させた。
鬼狼は、左足を前に出し、右足に体重を乗せ、右拳に力を込めて、大きく身体を捻らせる。
「鬼流――疎密波」
右足から左足に体重を移動させつつ、右拳を空に向かって思いっきり殴りつけた。
すると、右拳を放った空間から目でも感知出来るくらい密集した風圧が発生し、爆発的な勢いで前に飛んだ。
鬼狼は拳で、質量のある疎密波を作り出したのである。
かまいたちはその疎密波に飲まれ、弾けるような音を鳴らしながら消滅。
「やるなぁ! さすが鬼ってところか!」
そう叫びながら、切雨は疎密波をいとも容易く鎌で斬って捨てた。真空波は、どうやら切雨には零に等しい程効かないように思える。
四本持っていたうち、二本の鎌を切雨は鬼狼に向かって投げた。その二本の鎌は、鬼狼に向けて投げたが、鬼狼が避ける必要もなく、彼の左右にそれぞれ一本ずつ飛んでいってしまう。
鬼狼は好機と判断し、切雨に近寄ろうとしたが、目の前に凶器が飛んでいくのが見え、足を止めた。
「これは……」
鬼狼は冷静になり、自分の周囲を確認する。
闇夜に舞う銀色に輝き笑うように、ブンブンと風を切り裂く音を鳴らしながら飛ぶ鎌が二つ。
「むっ?」
その鎌が襲ってくると思いきや、急に鬼狼の身体を締め付けるような感覚。
両腕が拘束され、動こうと思っても動けない。逆にもがけば見えない何かで輪切りにされるような状態だった。
「……ワイヤーか何かか?」
「ご名答。特別製で出来た極細ワイヤー。こういう器具を使うのは、俺は得意なんでね!」
手に握っていた二本の鎌を切雨は同時に投げ、身動きの取れない鬼狼の両肩にそれぞれ一本ずつ埋め込まれるように突き刺さる。同時に鬼狼を中心に巻き取られたワイヤー付きの鎌が、彼の腹と背に突き刺さる。

――紅の液体が、鬼狼の身体を染めていった。


一方風夢は、鬼狼の戦う様子を眺めずに、優子の心配をしていた。
何とか血を止めようと試行錯誤するが、それ以前に鎌が臓器を抉り切っていた為、どうしようもない。
「おねぇ……ちゃん……」
諦めかけていたその時。優子が意識を取り戻し、風夢に話しかけてきた。
ハッとなった風夢は、驚きながらも優子を見る。
「お父さん……どうなっちゃったの……?」
「優子ちゃん……」
「なんで、あたし……悪いことしたのかな? 悪い子だったからかな? だから、こんな……こと、された……の……?」
優子は途切れ途切れで、必死に風夢に自分の思いを伝えていた。
痛みと苦しみと哀しみが、優子には混じりこんで襲ってくる。優子は父親のしてきたことに混乱しているようであった。
風夢は心の中で苦しみながらも、笑顔を優子に見せ付ける。
「あのお父さんは実は偽者だったんだよ」
「にせ……もの?」
「うんっ」
――嘘。
「本当の優子ちゃんのお父さんとお母さんは、もうお星様になっちゃったんだよ」
「本当……に……?」
「本当だよ」
――嘘。
「アハハ……あたしのお父さんとお母さん……凄いんだね……」
「確かに、二人ともお星様になれるのは凄いよね。今までずっと優子ちゃんを、空から見守っていたんだからねっ」
――嘘。
「あたしもいつか……お星様に……なれるかな……?」
「……きっといつかなれるよ。優子ちゃん……いい子だもん」
「えへへ……ありがとうっ」

嘘。

嘘嘘。

嘘嘘嘘嘘。

嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

――この世の生物は、絶対星にはならん。

風夢の頭の中で、鬼狼が優子に向かっていった言葉が、何度も何度も繰り返される。
鬼狼のあの時言っていた言葉が、妙に風夢の中で強く思い出された。彼の言っていたことは、ほぼ真実に近いだろう。
人は星には絶対ならず、ただ死ぬのだ。自分の物語を終えるだけで、死んだら何もかも失い、終わる。
それが真実だと証明されたことはないけれども……きっとこれが一番真実に近い答え。
それでも風夢は嘘をついた。
優子に真実を教えずに嘘をつく。
――風夢は……優子のことを想い、嘘をついたのだ。
彼女は優しかったから。
彼女は相手を愛おしく想っていたから。
彼女は、優しい嘘をついた。
「なんだか……眠くなって……きた……」
「優子ちゃん……!」
既に息が絶える直前。
優子の物語に――彼女自身の物語に終止符を打つ時がやってきた。
「お姉ちゃん……おやすみなさい……また…………」
優子はゆっくりと瞳を閉じて、呼吸することも止めた。
綺麗に可愛らしい顔とは裏腹に、ズタボロに切り裂かれた優子の身体。

――優子は今、此処で永久の眠りについた。

「うぁ……っ……ぇぐっ…………」
風夢は声を殺し、大粒の涙を零す。
たまに溢れる『哀』の声が、月光に包まれて消えていく。雫がぽたぽたと、雨のように大地に降り注ぎ、染み込んでいった。
「風夢さん……」
それを見ていた大雅は、風夢を慰めようと何かを言おうとしたが、突然グチャリ……と、奇怪な音が聞こえ、反射的にそっちの方に振り向いた。
音は――刃物が生々しい肉に刺さる音。
四本の鎌が突き刺さっている鬼狼の姿が、そこにあった。
「おいおい。……あいつやばいんじゃないか?」
慌てたように呟いた大雅。村人もそれを見ていたのか、ざわざわと騒ぎ始め、中には逃げ出す者もいた。
だが……。
「大丈夫だよ。クロさんは」
凛とした良く響き渡るような声で、風夢が呟いた。
「クロさんの力は、漆黒の血炎が燃える為の条件が整ってからだから」
風夢は涙を流しながらも、泉のような綺麗な目で、鬼狼を見つめる。
彼女は誰よりも、鬼狼のことを信じていた。
この世の信じるもののどれよりも、彼のことを一番信じていた。
鬼狼はそんな風夢を遠くから虚ろな目で見て、少し微笑む。
彼はこの世の中で唯一。風夢だけは信じていた。
他の人々や妖怪を信じないかわりに、風夢のことだけは信じることにした。

――鬼狼はやがて、狼のように遠吠えすると、漆黒の炎に身を包んだ。


「おいおい。なんだよそりゃ……?」
鬼狼の身体は血塗れであり、真っ赤に身体を彩らせて、致死量を明らかに超えた血が流れている。
少しだけ鬼狼は苦しそうに呼吸をしているが、前を鋭い目つきで睨みつけていた。
彼は身体に沢山の傷を負っているにも関わらず、戦う気力は治まっている様子は無い。鬼狼は黒い炎を身に纏い、切雨をただ睨む。
「これが我の力。漆黒の血炎使い、鬼狼也」
鬼狼は思いっきり離れたところから、正拳突きを繰り出し、疎密波を起こす。
疎密波に黒い炎が混じり、爆音を響かせていた。
切雨はその炎すらも切り裂こうと、鎌を縦に振るう。
「……なんだこりゃ?」
切雨は黒の炎と疎密波の風を斬り去ったつもりでいた。
だが斬ったものは――紅の液体。
炎と疎密波は排除できたが、紅の液体をベチョリと身体に浴び、鉄生臭い匂いが切雨の鼻に充満する。
「これは……血か?」
「ご名答」
声を聞いた時は、息がかかりそうなほどすぐ傍に鬼狼の姿。
咄嗟に切雨はバックステップし、相手が勢いよく突き出してきた拳を避け、退避したのだと相手に思わせた。
そして、逆に不可視に近いスピードで鬼狼に向かって飛び、鎌を構えて斬りかかる。
すっと、身体を急速に前に倒し、切雨は鬼狼を切り裂きにかかった。
しかし、その勇気ある行動は無謀へと変貌する。
「血爆」
そう鬼狼が呟くと、彼の身体が大爆発を起こした。炎が周りに飛び散り、火山の噴火を思わせるような光景。
――その炎は赤くなく、漆黒に染められていた。
「うがぁぁぁあああああ!」
切雨は接近していた為、その黒炎を間近で喰らってしまった。
鎌を乱舞させるように振り回して炎を消そうとするが、消滅する様子をみせない。彼の力であれば炎くらい吹き飛ばせそうなのだが、彼はできずにいた。
「何故だ! 何故消えねぇんだぁぁぁあああああ!」
もがき足掻く切雨の頭に、何か掴まれる感触。
切雨が混乱しながらも見ると、黒炎の中に映る黒光りを放つ鬼狼が、怒りの形相をして立っ
ていた。
「我の黒炎は特殊。血を燃料として燃やすことが可能也」
「ててて、てめぇぇぇ!」
「汝は我が血を浴び、我が黒炎を喰らった。我自身は燃えぬが……。我自身を血に注ぎ、血炎の能力を開花させた。我は、血が滲む戦いが増えるほど、強き力を得られる炎也」
更に切雨の黒炎が燃え上がり、彼の身体がみるみるうちに見えなくなっていく。
月光の白き光が、黒の炎を照らし、禍々しさを引き出していた。
「我は許さんぞ切雨! 人を殺めたことを! 人が死ぬのを嘲笑ったことを! 人を騙したことを! 人を『哀』の感情に染めたことを! 風夢を殺そうとしたことを! 優子を殺したことを! 我は、絶対に許さんッ!」
『怒』の咆哮。
『哀』の感情。
二つが混同し、憎しみになる。
鬼狼は自分の好きな、人という存在を消した切雨を憎んでいた。
彼は人の為に存在する妖怪。
変妖と謳われた鬼である。

「奥儀――血炎桜花」

やがて黒炎は上空高く火柱をあげ、切雨を灰も残さずに消滅させた。
仲間であるはずの妖怪を、滅したのだ。
黒炎はやがて燃え尽きると、花弁のようにひらひらと黒い炎が舞い降りてくる。
それは桜のようにも見え、酷く醜い花弁であった。


鬼狼は呼吸を整え、冷静さを取り戻していた。
戦いに勝利したというのに、彼は全然嬉しそうではない。鬼狼は月をぼーっと眺めた後、ゆっくりと風夢に歩み寄った。
村人達はしばしの間唖然としていたが、状況を理解したのか、歓喜に溢れている。
もうこれから妖怪に怯えなくて済むと考えれば、嬉しいほか無いだろう。
「鬼さん! あんたやってくれたな! あんがとよ、これも村も――」
戦いの一部始終を観戦していた大雅が、鬼狼に対して賞賛の言葉を投げかけ言いよってきた。だが鬼狼はそれに対して聞く耳を持たず、重い足取りで風夢の方に歩いて行く。
風夢と、既に事切れている壊れた人形のような優子の前に立つ。
「優子は?」
「……死んじゃった……よ。……助け……られなかった」
涙を零しながらも、鬼狼にそう報告する風夢。
「私、何もできなかったよ……なにも……できなかったよ……っ」
「――そうですか」
鬼狼は目を細め、風夢の頭を一度撫でた後、空を見た。空には沢山の星が浮かんでいる。
その中に、優子がいるかどうかなんて、生きている鬼狼には分からなかった。
「風夢は優しいですね。……人の為にここまで泣くことができるのですから」
そう鬼狼の言葉が零れると同時に、彼の瞳から一滴の涙が流れ、身体についた血で紅く染まった。
紅の涙が血に落ちて、弾ける。

――二人は優子の為に笑って、黄泉の世界へ送ることなど、できなかった。

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