ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の7 忍者ブログ

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【長編】鬼狼の物語 其の7

やがて朝がやってきた。
昨日の鬼狼と風夢はその後身体を休め、村を出る準備に取り掛かる。
鬼狼の傷は超人的な回復力を見せ、みるみるうちに治っていった。まだ完治ではないらしいが、それすら分からないくらい傷は塞がってなくなっている。
鬼狼の着物もボロボロになって、血塗れになっていたはずなのに、何故か元通りになっていた。
風夢の服も血塗れになっていたが、鬼狼の力で血を抜き取ってもらっている。
もっとも今は、違う服を着ていたのだが。やはり人形と間違われそうな姿であった。
「もう、いっちまうのかい?」
馬車に荷物もまとめ、村人達に別れの挨拶をしている時に、大雅に二人は呼びかけられた。
「えぇ。本当にお世話になりました」
「……迷惑ばっかりかけちまったな。あんたらには」
「いえ。それを覚悟でここにやってきたのですから、大丈夫ですよ」
それを聞いて、は大雅少し驚いた。それを覚悟でここにやってきたということは。
「もしかしてあんたら……最初からこの村のこと分かっていて……」
「――我には人々の『哀』の悲鳴が聞こえるのですよ。人が哀しんでいる声が……それに誘われてここにやってきただけですよ」
「私達の旅は、人々を助けることもあるからね。今回はクロさんがここに『哀』の悲鳴が聞こえてきたから来ただけ。私達が自分からやったことだから、迷惑でもなんでもないよ」
そう言うと鬼狼と風夢は、にっこりと微笑んだ。
二人はこの村が悲惨な目にあっていることは知っていた。内容までは知ることは出来ないけれども、哀しみを背負っていることを知っていたのだ。
鬼狼達は哀しみは取り除いて――、
「鬼さんありがとう!」「風夢ちゃんまたおいでね~」
「酒また一緒に飲もうなー!」「怪我すんなよー」
――この沢山の笑顔。人々の『喜』の感情を見る為に動いている。
村人達が鬼狼達に声をかけてくれて、それに応えるように鬼狼と風夢は微笑み、村人に手を振った。
鬼狼の好物は、人々の『喜』や『楽』の感情に笑顔。それが見られただけで、鬼狼も、そして風夢も満足なのである。
「……あんたらには御見それしたよ」
微笑して、大雅は呟いた。
そして急に大雅は、真剣な顔で鬼狼達を見つめる。
「二人共、頼みがある」
「なんですか?」

「どうか……優子のこと、忘れないでやってくれ。あいつもあんたらに覚えておいてもらえると嬉しいだろうしな」

鬼狼と風夢は驚いて、お互い顔を見合わせた。
そして二人とも微笑むと、
「「分かりました」」
息を揃え、綺麗な声で答えた。
それを聞いた大雅は高らかに笑って、鬼狼達と最後の言葉を交わす。
「じゃあな二人共。元気でな」
「汝もお元気で。またいつの日か会いましょう」


鬼狼達は馬車に乗り、村を出た。
雲一つ無い空に、暖かな日差しを出す太陽。
鬼狼は馬を操り、風夢は馬車の窓から後ろを眺めていた。
村はどんどん遠ざかって行き、小さくなっていく。ちょっとした寂しさを、風夢は心の中で感じていた。
「いい人達でしたね。風夢」
「……そうだね」
鬼狼の言葉に、優しく風夢は返事する。
少しだけ清々しい気分になっていた。
「クロさん」
「ん、なんですか?」
鬼狼は風夢の方を振り向かず、前を見たまま聞いていた。
風夢は鬼狼の背中に向けて、言葉を送る。
「いつの日か。人間と妖怪が仲良くなれる日がくるといいね」
鬼狼はそれを聞いて、一瞬躊躇いを持ってしまった。
それは絶対に叶わないと知っていても、鬼狼が望んでいた事であったからだ。
鬼狼以外の妖怪全てが悪者ではないと思い始めている風夢に、鬼狼は何となく惹かれていた。
だからこそ、唯一信じることのできる人物なのかもしれない。
そう鬼狼は心の中で思った。
「……夢、叶うと良いね」
「そうですね」
微笑みながら、鬼狼は風夢の言葉に答えた。
この言葉は、あの時彼女も言ってくれた言葉。
――ちょっとだけ彼は、幸せな気分を得たのであった。
風夢は村を眺めた後、青い空を見上げる。小鳥がチュンチュンと鳴きながら、平和そうに飛んでいく。

風夢はあの時のことを思い出して、呟いた。
彼女に注ぐ、ラストメッセージ。

「――おやすみなさい。……また会おうね、優子ちゃん」

彼女の物語を背負い、鬼狼達の物語は続いていく。








『とある音達の会話』


辺りは闇だった。一面の闇が広がっている。
その闇を打ち消すかのように、一つの炎が燃え上がり、揺ら揺らと楽しそうに炎は舞っていた。
「ねぇ、クロさん」
沈黙していた空間に、誰かの音が鳴り響いた。
「なんですか風夢?」
すると、もう一つ違う誰かの音が鳴る。
互いの音は共鳴し合うように音を鳴らしていた。
「クロさんはどうしてこの世界に帰って来たの?」
「人間が好きだからですよ。それが一番の理由です」
「むぅ~。じゃあさ、どうして人間が好きなの?」
「風夢が好きだからですよ」
「え? ちょっとクロさん!」
「あっはっは! 御免なさい。ちょっと苛めたかっただけ……」
「ていっ!」
「ぐふぉあ!」
「お仕置き。反省してよね」
「……風夢。その刀で叩くの止めてくれませんか? 斬れないとはいえ鋼の塊ですから、撲殺させる可能性もあるんですから」
「クロさん硬いから平気でしょ?」
「いや、笑顔でそう言われても……。まぁいいでしょう。それよりもさっきの質問の答えですが」
「うん」
「我は好きな人がいたんですよ。その人との約束でここに帰ってきたんです」
「でもそれって、千年前の話だよね? だったらその人は……」
「死んだでしょうね。とっくに」
「だったらなんでその人と、帰ってくるって約束したの? 鬼狼さんがここに帰ってきても、会うことなんて、もう出来ないはずなのに……」
「――分かりません。けど約束したのですよ。それを我は果たしに此処に帰ってきたんです。それが、我の旅の理由二つ目ですね」
「ふーん」
二つの音は、共鳴し合うようにずっと音を鳴らし続けた。
一つの音は少女の音。
もう一つの音は鬼の音。

――これは、遥か千年前の鬼の昔物語。


『千年の絆』


鬼は『喜』や『楽』を求め、そして絶対的な力を持つ妖怪である。
鬼は人を食料や遊び道具にして、毎晩のように宴をし、鬼達は平和な日々を過ごしていた。
鬼達は基本、団体行動するのが掟であり、頭領の『酒呑童子』の命令には従わなければならない。

一方人々は、鬼に対して畏れを抱いていた。
日々攫われ、弄ばれて喰われていく同胞を見て、『怒』と『哀』の感情を常に鬼に対して抱いていたのである。
そんな人々も黙っているわけではなかった。彼ら人間は、鬼には持たぬ絶対的な知恵の持ち主であったから。

――やがて人間は鬼に牙を剥く。

~@~

辺り一面、木々に包まれた森が広がっていた。
風により揺さ振られ、擦れ合った木々達が爽やかな唄を響かせる。太陽の光が木々の動きにより、地上に降り注いだり、影になったりした。
そんな自然に同化するかのように、一人の少女が切り株の上に座り込み、本を読んでいる。
肩までするりと伸びる、透き通るくらい綺麗な翠色のストレートヘアー。ダークグリーンのセーターに、藍色のロングスカート。
清らかに潤った蒼い瞳は、本をじっと見つめ、自然の背景となっているような人物だった。ペラリと本のページを捲ってはまた見つめ、またしばらくしてはページを捲る。
小鳥の鳴き声と木々が揺れる音だけが響き、静かな時が流れた。
「そろそろ時間かな」
少女は急に小さな声で呟くと、本の間に厚紙でできた栞を挟み、切り株から立ち上がる。
少女は歩き始め、どこかに行こうとした……その時だった。
「がぁ~……ぐぅ~……」
集中しないと聞こえないような小さな声を、少女の耳は聞き取った。
「……なんだろ?」
少女は声――恐らく鼾だと思う音を頼りに、興味本位で鼾の主を探し始めた。がさがさと草を左右に掻き分けながら、少女は前にゆっくり進んで行く。
声が近くなってきて、少女の緊張感が大きくなった時。

――ぐにゅ。

「あれ……?」
少女は何かを踏んづけてしまった。
恐る恐るその踏んでしまっている右足を上げてみると、そこから青年の顔がでてきたのである。
「ひゃぁぁぁあああ!」
少女は驚いて、反射的に五、六歩後ろに大きく下がってしまう。
それと同時に青年の瞳が開かれ、少女をじろりと見た。
「…………」
「…………」
暫しの沈黙、そして……。

「「うわぁぁぁあああああ!」」

少女も青年も驚き、二人とも相手に指を差しながら、絶叫を上げた。
「つ、角! 鬼がいる!」
「な、なんで汝がここに!」
二人ともパニック状態に陥り、あわあわと口を動かした。
頭部から角が生えており、黒の着物を着た割と整っている顔。鬼にしては背の低い子鬼が其処にいた。
「えっと……もしかしてだけど、私を喰うつもり……?」
鬼に向かって、いきなりストレートな言葉をぶつける少女。
だが、鬼はブンブンと首を横に振る。
「い、いや。ちょっと遠くから観察していて寝てしまっただけです!」
そう、鬼は少女に向かってお辞儀しながら謝った。観察していたと言っても、傍から見ると不審な行動である。
少女はなんとも微妙な顔でそれを聞いて、色々と困惑していた。
観察していたという事実よりも、少女の知っている鬼の噂とは、明らかに違う雰囲気の鬼がそこにいたことに疑問を抱いていたのだ。
「それでは我はこの辺で。怖がらせてもいけないので、もう二度と来ないようにします。では……」
「ちょ、ちょっと待って!」
鬼は草むらから出て、少女の傍から離れようとしたが、少女の言葉によって動きを止められる。
鬼はクルリと振り返り、不思議そうに少女を見ていた。
「あなた……本当に鬼なんだよね?」
「え、えぇ。まだ七十五年しか生きていない子鬼の鬼狼って言う鬼ですが……」
鬼は、自分のことを鬼狼と名乗り、鬼であることを伝える。
しかし、少女の中ではどうしても納得がいかない鬼の仕草であった。少女は好奇心のあまりか、ついにはこんなことを言い出してしまう。
「わ、私、フィルって言うの。ちょっとお話しても……いいかな?」
それを聞いた鬼狼は、これほどない複雑そうな顔をした。

これが、千年前。
鬼狼がこの世界に戻ることになった理由。
少女と約束をした時の物語である。

~@~

――どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
鬼狼は心の中でそう思っていた。
フィルが色々と鬼のことを聞いてきて、それを鬼狼が答えるというQ&A方式の会話を、二人は先程から続けている。
角は最初から生えているものなのだとか。鬼の持つ着物は鬼生服と呼ばれていて、生きている服なんだとか。鬼は瓦千枚すらも、余裕で破壊するだとか。そんな会話をずっと続けていた。
鬼狼が人間に興味があるとはいえ、まさか鬼である鬼狼に話を聞きたいなど、そしてこうやって会話しているが珍しいな光景なのである。
「(この汝……フィルさんでしたか)」
鬼狼は心の中で、彼女の名を再確認した。
フィルは不思議な子だった。いつ喰われてもおかしくない状況なのに。もしかしたら、自殺願望者なのかもしれない。
しかし、フィルがいつもここに来て本を読んでいる様子は、鬼狼は何度も見かけたりはしていた。その結果、どう見ても自殺するような傾向は無いように見え、その選択肢は無いと鬼狼自身は判断している。
ならば何故鬼狼と話がしたいなどと思ったか……気になるところであった。
「それじゃあ、これが一番聞きたいんだけど」
「何でしょうか?」
「何で鬼狼さんは、人を喰わないの?」
鬼狼はまた急にストレートに言われた質問に、内心ごふっと吹き出していた。
「(――この汝。怖くないのでしょうか、鬼が? それとも天然?)」
鬼狼はそんな錯覚を覚えたが……。
「いや、失礼なのは分かるけど、鬼狼さんがいきなりあんなに私に気を使ってくれる行動をしてきたことに驚いちゃって……。だからこうして、安心して会話してるんだけどね」
と、あっさりと色々鬼狼に教えてくれた。
「(――あぁ、なるほど。この汝。人を信じやすい性格なのですね……)」
鬼狼は内心、そんなことを思っていた。だから、鬼である鬼狼のことすらもすぐに安心してしまったのである。人との交流能力としては素晴らしいかもしれないが、騙されやすいタイプ。
しかし鬼狼は相手を信じることが出来ないのがあったのか、少し羨ましいとも思っていた。
鬼狼はフィルの質問に、なんと答えるか考えることもなく、率直に言う。
「人が面白いからです」
「……え?」
「一応我は人を喰らったことがあります。確かに美味なるものですが……、それ以上に生きて
いる人間達を観察するのが楽しいのですよ。人それぞれ、鬼以上にさまざまなことを考え、多種多様な動きをしてくれますから」
フィルはふーんっと、興味深そうに声を吐き出す。
「でも、人の観察だけでいいの? 仲良くなろうとか、話したいとか思わないの?」
「我は鬼ですから人に近付くと……」
「ぁ~……そっか……」
フィルは瞬時に理解したらしく、悲しそうにそう呟いた。
そう、鬼は人に忌み嫌われている存在。
そんな鬼が人々に関わりを持とうなどというのも、おかしな話なのであった。
「他の鬼にも、我の意見を話したりしました。どうすれば人と鬼は仲良くできるのかと。でも、相手にしてもらえませんでした。――我は、鬼にしてはあまりにも考えがずれているみたいです」
人と仲良くしようと思ったところで、結局は無謀な話であった。
鬼自体を人が嫌っているのだ、他の鬼達の行動を止めるわけにもいかない。鬼が人を喰らうのは、当然の行動なのだから。
それが現状。鬼狼の悩みは解決する事はなかった。
「それでも我は人間が好きなんです。人間の観察という趣味悪い事かもしれませんが、好きなんですよ」
するとフィルが急にクスクスと笑い出し、鬼狼はそれを不思議そうに見ていた。
「おかしな鬼さん。私の知っている御伽話とは大違い」
「……まぁ、我は可笑しな妖怪ですからね」
ハハハと、乾いたような声で笑う鬼狼。
顔は笑っているが、心は笑ってなかった。
――そう。鬼狼は変妖なる存在。
誰にも好かれることはなく、ただただ傍観する毎日。
鬼狼は人というものは面白いと感じていた。人それぞれにさまざまな人生を持っており、個性豊かである。どの種族よりも一番、複雑な意思を持っているのが人間。鬼狼は少しそれが羨ましくも思えた。
だから鬼狼は嫌われ者であろうが、人を観察するのを止めないのだろう。
――例えそれで、変妖と言われようとも。世界中の者達に忌み嫌われようとも。
「でも、鬼狼さん」
「?」
フィルはそのままニコニコしながら話す。
「そういう妖怪がいても、私は悪くないと思うよ。人が好きな妖怪っていうのも素敵だと思わない?」
鬼狼はそれを聞くと、酷く驚いた表情でフィルを見つめた。
「変じゃ……ないですか?」
「うん。むしろ私は好きだけどな。そういうの」
フィルはにっこりと微笑むと、鬼狼に向かってそう伝えたのである。
「(好き? 我のような存在が好き?)」
鬼狼はすっかりフィルの言葉に戸惑っていた。彼女の言葉には、嘘も偽りもみられない。
「……失礼なこと言いますが」
「ん?」
「汝も相当、変わり者ですね」
鬼狼が言ったことに対して、フィルは笑顔を崩すことなく、
「よく変人って言われるよ」
と、フィルは少し寂しそうに答え、少し違和感を覚えた鬼狼。
そして、こちら側から質問しようとした瞬間。

――鬼狼の肩に鉛玉が飛んできて、彼の肩の肉が弾け飛んだ。

「うがッ!」
「鬼狼さん!」
突然の事に慌てふためくフィル。
そして鬼狼は肩に突き刺さった鉛弾を引っこ抜いて、地に投げ捨てた。じわじわと血肉が地面にベチャリベチャリと音を鳴らしながら落ちていく。
「フィル様! 大丈夫ですか!」
そこに現れたのは、一人の黒いスーツを着た、顔立ちの良い男。
その男が片手に、リボルバー式の銃を持ち、鬼狼に標準を合わせて、トリガーを二度引いた。
鼓膜が破れそうなくらいの轟音が響き、銃口が火花を散らす。
鬼狼はその銃弾を有ろう事か拳で弾き飛ばした。人ならば驚くべき荒業だが、相手は鬼だということも知ってのことか、別段男は驚かない。
一方鬼狼は、困惑していた。
彼は銃という武器を知らなかったからである。
鬼狼は人が妖術らしきものを覚えたなどと、筋違いなことを考えていた。
「(あの男が妖怪? いや、でも妖力を感じない。まさか、今噂になっている陰陽師?)」
鬼狼は試行錯誤するが、納得できるような答えは見つからなかった。
銃弾を殴り飛ばした拳も、衝撃が大きかったせいか、赤く滲んで液体が滴り落ちている。
男がまた鬼狼に銃口を合わせ、容赦なくトリガーを引こうとした。
「やめてっ!」
急に指に掛かっていたトリガーは、フィルの叫びにより抑圧される。
「フィル様……?」
怒っているフィルを見て、不安な感情に捉われる男。男は何故フィルが『怒』の感情を抱いているのか、瞬時に理解することはできなかった。
その隙に鬼狼は素早い動きで後ろに飛び、草むらの中へ逃げていく。
「ぁ……! 待って鬼狼さん!」
その後を追おうとするフィルだが、男に右腕を掴まれ、動きを止められる。
「いけませんフィル様! 相手は今もっとも畏れられている鬼の一族! 危険すぎます!」
「いいからっ放してぇッ!」
男の説得も虚しく、フィルは右腕を必死になって振り払い、鬼狼の後を追う。
背後から男の声がしたが、フィルは無視。鬼狼の背に向かって追いかけるが、どんどん背が小さくなっていく。
やがて、走ることもままならなくなるくらい、体力を消耗したフィルは、鬼狼に向かって叫んだ。
「明日も! 明日も私ここにいるから! いつまでもいるから! 鬼狼さんまた来て! 私……待っているから!」
それを聞いていた鬼狼だが、振り返らずにそのまま走っていった。
「(何故? 何故そこまで我を求めるのでしょうか? 今日会ったばかりを……しかも鬼である我を何故……?)」
疑問に包み込まれた鬼狼。
できればフィルに、また会いたいと思っていた。
だが、彼に植え付けられたトラウマは、あまりにも大きいもの。

――あそこに行けば、自分が死ぬのではないかと、鬼狼は怯えていた。

~@~

次の日、鬼狼は畏れを持ちながら、フィルがいつも訪れる森に足を踏み入れる。
するとそこにはいつも通りのフィルがいた。……だがもう一人、あの黒のスーツを着た男も連れていたのである。
鬼狼は鬼の中では生まれたばかりの存在。力もまだ鬼としては弱く、精神も未熟であった。
あの男に恐怖心を持った鬼狼は、見守ることしかできなかったのである。
そんな状況の中、フィルはずっと鬼狼の名を呼んでいた。
何故そこまで鬼狼に執着してくるかは分からないが、鬼狼はフィルと話がしたい衝動に駆られている。出来れば彼女の前に今すぐにでも現れたかった。
だが、トラウマを克服するには少々時間がかかってしまう。

――こうして……一週間の時が流れる。
鬼狼もフィルもお互いずっとこんな調子の日々が続いていた。毎日のように森に来ては、日課のように鬼狼の名を呼ぶ。
鬼狼は名が呼ばれる毎に、一歩前に踏み出したい衝動に襲われた。
「フィル様……もう諦めた方がよろしいのではないでしょうか?」
今までずっと黙っていた男が、フィルに向かって唐突に言葉を投げつけた。そろそろ痺れをきらしてしまったのだろう。フィルを説得し始める男であったが。
「嫌」
と、一言で片付けられてしまった。しかし負けじと、男はもう一声フィルに呼びかける。
「フィル様!」
「――折角見つけたのに」
フィルが小さく言葉を零す。
それをいつも通りこっそり見ていた鬼狼の耳に、『哀』の声が響いた。
「(――止めて下さい。そんな哀しい声を……我に聞かせないで下さい)」
鬼狼は脳内で悲鳴を上げていた。聞きたくも無い声を聞いてしまっているから。哀しみの感情がある声は、鬼狼はあまり聞きたくなかった。
しかし風夢は語り続ける。
「折角、この世界で初めて友達ができると思ったのに」
「しかし、相手は鬼……」
「関係無い!」
フィルが男の発言を掻き消すように叫んだ。
男も、そして鬼狼も驚いてしまう。
「ねぇ、どうして? 何で違う世界の人間だから、妖怪だからって差別するの? その人自体は何も悪いことやっていない時点でどうして差別するの?」
「フィル様……」
「私、もう……嫌だよ。鬼狼達もきっと同じだから…………」

「汝は、本当に優しい人なんですね」

俯き加減のフィルが聞こえてきた声に反応し、顔をあげた。
――そこには真っ直ぐとした眼差しで、こちらを見つめる鬼狼の姿。
彼は恐怖を乗り越えて、彼女の前に現れたのだ。
「鬼狼さ……」
フィルがぱっと笑顔になるが、それはすぐに消滅する。黒のスーツを着た男が、懐から銃を取り出し、鬼狼に向けたのだ。
鬼狼は少し動揺したが、逃げずにその場に立っていた。
「ちょっと、何してるの?」
「鬼よ。私の名はヴァン。貴様に問う。どんな方法でも構わない。フィル様に危害を加えないという私が納得することのできるような覚悟を私に見せろ。出来なければ……今から貴様を敵と見なす」
ヴァンと名乗った男は、自ら名乗り出て鬼狼にそう言いつけた。
彼は鬼狼に対してずっと警戒態勢のままであり、凶器は鬼狼に向けられたままである。
鬼狼は暫し瞳を閉じて、沈黙。鬼狼の黒髪が風に流され、踊るように舞う。
あの男に覚悟を見せる為には、どうすればよいのか。謝ればいいのだろうか、戦えばいいのだろうか、畏れを抱かせればいいのだろうか、鬼狼は悩んだ。
彼の中で、さまざまな案が浮かんでは消える。
この案は×。この案も×。これも×。またこれも×。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××。
鬼狼は考えた。鬼の癖に、慣れもしないのに思考を巡らせた。
沢山の馬鹿げた行動を絞り上げ、駄目なものは×印を脳内で大きく描き、案を削除する。
そして、その中から選んだ鬼狼なりの答えに○印をつけ、彼は覚悟を決めた。
――その案すらも、馬鹿げていたのにも関わらずに。

「覚悟を見せます。我をそれで攻撃して下さい」

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