ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の8 忍者ブログ

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【長編】鬼狼の物語 其の8

その言葉を聞いたヴァンは、一度驚愕の顔を鬼狼に見せたが、次の瞬間。すぐに重々しい銃声が辺りを支配した。
銃口から吐き出された鉛弾は、真っ直ぐジャイロ回転しながら鬼狼の頭部に向かって進んでいく。
鬼狼は、その弾を避けようと思えば避けられる程の身体能力をもっている。それにも関わらず、彼は敢えてその凶弾を喰らうかのように、微動だにせず突っ立っていた。
凶弾は見事、鬼狼の額に命中し、鬼狼の身体が大きく後ろに逸れ、そのまま地面に倒れこむ。
「き、鬼狼さん!」
あまりの事態に、フィルは急いで鬼狼の下に走った。
鬼狼の額は紅く彩られて、酷い有様。銃弾は地面にぽとりと落ちてしまっている。
「――まさか微動だにしないとは……」
ヴァンは本音をぽろりと溢す。片手に握っていた銃をスーツの中にするりとしまい、警戒態勢を解いた。
涙目になっているフィルが、ヴァンに向いて怒りの眼差しで睨みつける。
「ヴァン。なんてことをするの……?」
「い、いやフィル様。あの、そのですね……」
「鬼狼さんをこんなにもあっさり殺すなんて……どうかしてるよ……」
「――いや、我はどうやら死んでいないみたいですけどね」
急にフィルの地面の方から声が聞こえて来た。フィルは驚いて、ばっと地面の方に視点を合わせる。
そこには――ピンピンとしている鬼狼が、フィルを見つめていた。
額から流れていた血も勢いが衰え、傷口が塞がりかけている。
「これが我の覚悟です。これで文句ありませんか?」
鬼狼は堂々とヴァンに向かって勝ち誇ったかのように言う。
もしここで銃弾を受け止めたり避けたりすれば、恐怖心に打ち勝てなかったことになり、フィルに対する思いはその程度ということになる。
しかし鬼狼は覚悟を見せつけた。
フィルと一緒に居たい、話がしたいという想いが、殺されるかもしれないという想いに打ち克つということを、彼に見せ付けたのだ。
「お前、馬鹿か?」
「我は馬鹿で結構。我のやりたいことを成し遂げる為にやった結果がこれですよ。それだけです」
ヴァンははぁっと、重苦しい溜息をつくと、仕方が無さそうに鬼狼に告げる。
「――まいったよ、分かった。貴様を危害の無い者と認め、フィル様との交流を特別に許可しよう」
鬼狼はぱーっと明るくなり、笑みを見せた。
だが次の瞬間。突如轟音が鳴り、鬼狼の顔の右側に何かが飛んでいった。――ゴグシャと、背後から響く。
鬼狼が振り返ると、そこには岩を抉り貫通していった銃弾の跡があった。
「ただし今後は私も同伴し、貴様を見張る。フィル様に変な真似をしたら、これで貴様を撃ち殺す」
そこには、さっきとは違うオートマチック式の大きめの銀色に光る大きい銃を握っているヴァンがいた。さっきの銃弾とはよりも、今の銃弾の火力は桁違い。
鬼狼は少し呆気に取られた後、「……分かりました」と呟いた。
ヴァンはそれを聞くと、顔色一つ変えずに銃を懐にしまう。鬼狼に危害を与えてくるものがなくなり、鬼狼はほっと一息つくと、地面に寝転がった。
「ちょっと、ヴァン。鬼狼さんを試すにしても、横暴すぎるよ……。死んだらどうするの?」
「いや、フィルさん。そんなことにはなりませんよ」
フィルがヴァンに抗議したが、それを鬼狼が引き止めた。
「どうして鬼狼さん?」
「ぇ……勘ですけど」
「はいぃ?」
フィルは変な声を出して驚いていた。
あはははと鬼狼は笑っているが、フィルは信じられないと言いたげな表情をしている。
「いやー、何かでもまぁ、相手を納得させる為にはこれが良いかなぁとは思ったんですが。なんかそう、こう、死なない気がしたんですよ」
「いや、鬼狼さん。それ理由になってないよ!」
「あっはっはっは! なんですかねあの鉛弾を超高速で飛ばしてくる術を使える道具。あれも以前よりは痛く無かったですしね!」
「あれは銃って名前の武器で……って。以前よりも痛くなかった?」
フィルが鬼狼の言葉に疑問に問い直すと、彼は縦に首を振って答えた。
フィルは手の上に顎を乗せ、何か考え事を始める。ぶつぶつと何か独り言を呪文のように吐き捨てていく。
「ヴァン。――もしかして最初から、鬼狼さんを殺さないつもりだったの?」
「…………」
「あなたが今のオートマチック式の銃を使えば、鬼狼さんに殺すことも大怪我させる可能だったはず、だけどあなたは使わなかった。だから……」
「鬼狼といったか」
そこにヴァンが塞いでいた口を開き、フィルではなく鬼狼に話しかけてきた。
フィルの話をぼーっと聞いていた鬼狼。彼はいきなり話し振られたせいか、少し身体をビクリとさせて、ヴァンの方に顔を向けた。
「もしあの時、貴様を殺せる銃であったら、どうするつもりだった?」
鬼狼はそれを聞くと、少し瞳を閉じて、ん~っと唸った。
「汝が殺すか殺してこないかなんて、我は深く考えてなかったんですよね。ただ、覚悟を見せようと思っていただけなので」
「だから勘というわけか」
「えぇ。――まぁ、本気で殺してくる銃だったとしても、気合で立ち上がるつもりでしたけれどもね」
鬼狼は薄く微笑み、ヴァンを見る。
ヴァンは鬼朗の言い分に呆れてしまい、大きく溜息をつくと、がっくりと肩を落とした。
「やっぱりお前、馬鹿なんだな」
「鬼は頭が良くない生き物ですからね」
ハハハとまた鬼狼が笑った。さっきから彼は笑いっぱなしである。
それに釣られてヴァンも薄く微笑む。
ただ一人、フィルは笑っておらず、
「なんか、置いてきぼりにされた気分……」
と、フィルが誰にも聞こえない声で呟いた。頬をぷくーっと膨らませ、鬼狼達を睨む。
それに気付いたヴァンが、いそいそとフィルの元に近寄って、片足を付いて頭を下ろす。
「フィ、フィル様。勝手な事をして、申し訳ありません!」
「いや、まぁうん。もう終わったことだし、大丈夫だよ」
「しかし、私が勝手なことをした事実は変わりません。本当に申し訳ありませんでした!」
「むぅ……」
フィルは困った表情になり、泉のように潤う蒼い目がオロオロと左右に動いた。
それを見ていた鬼狼は不思議そうに言う。
「ヴァンさんはフィルさんの前だと、頭が上がらないのですね」
「まぁ、フィル様は偉大な方だからな」
鬼狼はヴァンの発言を聞いて疑問に思い、彼に向かって質問を投げかける。
それは、鬼狼の率直な質問。

「というよりも、――フィルって、一体何者なんですか?」

~@~


フィルは、この世界の人ではなく、科学の発端した異世界からやってきた者であった。

異世界に行くには、結界という世界の境界を破る必要性がある。それを破るには今までは、妖怪の持つ妖術を、膨大な量を使用して打ち壊すしか方法がなかった。だがそのような結界を、人間が科学の力を使い、結界を破ってきた人々がいる。
それがフィル達の世界に住む者達。
そして、世界と世界が交流する為に、フィルが送られることになる。
フィルは若くして、天才的な知識を持った少女だった。一週間でこの世界の言葉を覚え、科学に対する知識をこの世界に教えていく。
二つの世界の親交を深める為、彼女はこの世界にやってきた。
それがフィルという少女の存在。
彼女はみるみるうちに、この世界に科学の力を広めていき、人々の暮らしをよくしていく。
フィルは、それに対して誇りを持っていた。人々の役に立てるのならと、一生懸命取り組める。

――たった一つの悩みを抱えながらも……。


「ふ~ん。フィルさんも異世界から来た人で、しかも天才少女ってことなのですか」
話を聞いて、そう呟く鬼狼。
地面に寝転がり、彼の黒髪が花が咲かすかのように、地に広がっていた。
フィルはいつもその仕事の休息時にここに来て、お気に入りの本をよく読んでいたのだ。
そしてある日。なかなか研究施設に戻ってこないフィルを心配して、フィルと同じ世界からやってきたボディーガードのヴァンが、鬼狼に発砲。
この時間だけはフィルの自由にさせるようににしていたが、そうもいかなくなったという訳だ。
フィルはヴァンに対して、連絡を取ることの出来る通信機器を持っている。しかし、相手は鬼。不足の事態に備える為にも、ヴァンは風夢の近くにいることにしたのである。
「私は、人の役に立てられたら嬉しいの。指示通りに色々作ったり、設計すれば皆喜んでくれる。それが私がここに来た理由だから」
ヴァンがフィルの言葉にうんうんと誇らしげに頷いている。
だが鬼狼は、全然別のことを考えていた。
「(――確かに嬉しそうですが、『哀』の悲鳴が所々聞こえますね。この汝、ちょっとした嘘をついている)」
そう思い、鬼狼は今までの話を聞いて、心の中で思ったことを言った。
「フィルさん。何か我に隠してることがありますね?」
「ぇ?」
「嬉しそうなのに、哀しそうなんですよ。何かがおかしい」
突然異様な事を聞かれたフィルはもちろん、ヴァンも驚いている。
しかしそれに構わず、鬼狼は話を続けた。
「まるで感情を殺しているような、機械人形みたいな感覚って言えば良いでしょうか。無理やり感情を創り出したり、殺したりしているような」
「ぁ……うぁ……」
「フィルさん、汝は一体何を……」
「貴様ぁぁぁあああああ!」
その時、叫びながらヴァンが鬼狼に掴みかかってきた。
胸倉を掴まれた瞬間、鬼狼は驚きのあまり身体が硬直し、大きく目を見開いている。
「貴様、それ以上フィル様を汚すようなことを言えば!」
「ヴァン!」
掴みかかっているかかっているヴァンに向かって、フィルは叫んだ。
「――いいの。私は大丈夫だから」
弱々しく言うフィルは、どう見ても大丈夫ではなかった。その様子を見ていた鬼狼は、深い違和感を感じていた。
ヴァンは鬼狼の胸倉から手を離し、見下ろしながら言う。
「何故。そう思った?」
その質問には殺意が込められており、今にでも鬼狼を殺そうかというような勢い。
「(――何故、こんなにも怒っているのでしょうか? 我は本当のことを、嘘をつかずに言っただけなのですが……)」
鬼狼はそんなことを思いつつも、自分の過ちに良く気付いていなかった。鬼は率直に物事を言う。相手に刺激を与えないように言葉を選んで物事を言うことなんて、出来ないのであった。
鬼狼は口を開いて、ヴァンの質問に対して、理由を正直に話し始める。
「実は我、汝達の前に現れる前に二人の会話を聞いていたのです」
「……何?」
「フィルは種族による差別が嫌い。フィルは我と同じ境遇に立つ者。――そしてこの世界で初めての友達」
ヴァンはそれを聞いて息を呑んだ。
それはフィルが鬼狼を探して彼女の前に現れるちょっと前の会話の内容。
「フィルさんは確か嬉しいとか言ってましたが、ならこの会話はなんだったのか、我にはどうしても理解できないんですよね。頭が悪いものですから」
あははは、と鬼狼が乾いた笑いをする。
一方ヴァンは何か言おうとするが、何も言えずにただ口をパクパクするだけに終わった。
「鬼は嘘をつかない……。それは本当のことなんだね」
フィルが静かにそう呟いた。
鬼狼の目の前に、翠色の髪が優しく光を浴びている。
鬼狼はそれに少し心を奪われたが、やがて我に返った。フィルの泉のように澄んだ蒼色の目を見つめる鬼狼。
「あ、でもこれは、我の疑問に思ったことなので、全然関係ない話だったら、そう言ってくれるとありがたいです」
鬼狼は慌てて発言したことに足して、左右にふるふるとフィルは首を静かに振った。
首からぶら下がっているエメラルドのネックレスがフィルの動きに合わせて、揺れ動く。
「――鬼狼さんの言っていることは全部本当だよ」
「フィルさん、我は……」
「いいの。こっちの世界に来て、天才だとか、異世界人だとかでしか私は認識されなかったの。……誰も私に関わろうとしない。次元が違う存在だと思われている」
彼女は強がっているが、とても哀しそうに話す。とても正直的で、痛々しく思える声であった。
「(――あぁ、だからですか。だから、我と同じ存在だと、汝は話すわけですか)」
鬼狼はフィルの言葉の真意を、やっと理解することが出来のであった。
友達が出来ないところは、一緒。好かれたいと思っているのも、一緒。
その願いが叶わぬ者が、ここに二名。それが偶然なのか、必然なのかは、彼らには分からなかった。
「でもやっぱり私、機械みたいに動く人形だよね……。だから、友達もできない。利用されているだけの存在」
ヴァンは黙って静かに立っており、フィルの話を静かに聞いていた。
寂しそうに話すフィル。少し自分に呆れたように笑う。
鬼狼は角を擦り、真剣な眼差しでフィルを見つめた。
「何を言っているんですか。汝にはもう、ヴァンという友達がいるではないですか」
「ちょ……!」
今の発言に驚いたヴァンが、硬く閉ざしていた口を開いた。
「何を言っているんだ貴様! フィル様と私では身分が全然違……」
「だからフィルさんはそういうのを嫌っているのですよ。分かってますか?」
そう鬼狼に言われて、初めてヴァンは自分の過ちに気付いた。自分のやってきたことが、フィルにとって傷つけるものでしかなかったことに。彼は顔を俯かせて、自分の行いを悔いた。
しかし鬼狼はそんなヴァンにお構い無しに、話をどんどん進める。
「それに、我も喜んで友達になってあげますよ。迷惑でなければですが……。友達のいない我が言うのもどうかと思いますけどね」
鬼狼はにこりと笑い、フィルにその笑みを見せる。
フィルは一瞬、大きく目を見開いてこっちを見たかと思えば、急に瞳に涙を溜め込んで、鬼狼とヴァンに抱きついてきた。
「フィル様?」
「…………」
「――しばらくこうしてあげましょう」
鬼狼がそう言うと、ヴァンもその指示に大人しく従い、フィルをしばらくこのままにさせておいた。
やがて落ち着いたのか、フィルは涙で濡れた顔を上げて、笑顔で伝える。
「ありがとう。鬼狼さん、ヴァン。……友達になってくれて」
その笑顔を見た時、鬼狼は心の中で感じた。
「(――あぁ……『喜』の感情が我に流れてくる)」
鬼狼の大好きな感情。求めている感情が流れ込んでくる。
やはり、人というのは不思議な存在であると、鬼狼は思うのであった。
鬼狼は微笑むと、フィルの言葉に答えるように口を開く。
「どういたしまして。我からも言います。ありがとう、我を差別しないでくれて」
鬼狼とフィルは笑顔で見つめ合った。それを眺めていたヴァンもまた、優しく微笑むようになる。

――こうして彼らは、これから沢山の日々を過ごしていく。
友達として、沢山遊び、喧嘩し、学んでいた。
そんな平和な日々がいつまでも続くと思っていたが。
突然別れの時がやってくる。

~@~

「フィル。こんなキノコ拾ったのですが、食べられますか?」
「……いや、それどう見ても毒キノコだよ。本で見たことあるから」
「我でも食べてはいけませんか?」
「駄目なものは駄目だよ」
「焼いても駄目ですか?」
「いや、焼いたら食べられるようになる物じゃないからね! どんだけお腹すいてるの!」
――あれから、三年もの時が流れた。
いつも通り、鬼狼とフィルは種族が違いつつも仲良く会話しており、その様子を遠くからヴァンは見つめている。
ただヴァンの頭には花で作られた冠が乗せられており、少し恥ずかしそうにしていた。
フィルが作って、それをヴァンにプレゼントしたのだ。ヴァンは嫌々ながらも、フィルがく
れたことを少し喜んでいた。

そんな平和そうに過ごす三人の下に、一人の訪問者が現れた。
「おい。鬼狼」
三人の誰でもない声が聞こえ、呼ばれた鬼狼は他の二人よりも先に真っ先に振り返った。
そこには、立派に二つの対なる角に黒の短髪。赤のマフラーを首に巻き、背から黒の翼を持つ鬼が立っていた。
眼光は青白く、凍りつくように冷たい。
「『鬼鴉(キア)』。どうしてここに?」
鬼狼がそう呟き、鬼鴉と呼ばれた鬼は、淡々と彼に伝える。
「緊急集会。急いで本殿に戻るようにと、酒呑童子様からのご伝達」
「酒呑童子様から……」
鬼鴉は鬼狼に背を向け、顔だけでこっちを見た。
そこにいたフィルとヴァンを交互に睨みつける鬼鴉。
とても、とても冷たい瞳だった。二人の身体に凍てつく氷のような感覚が身体を襲う。
フィルもヴァンも身体に緊張がはしるが、その鬼は二人に何もすることはなく、翼を広げて空を飛んだ。
「……あまりもたもたしないこと」
そう一言鬼狼に向けて放ち、翼を羽ばたかせて青い空に消えていってしまった。
「今のは……」
「我ら鬼の一族の同胞です。――そして酒呑童子様は鬼の頭領」
そこにはいつもの彼の笑みは無く、真剣な表情をした鬼狼がいた。
「すみません。今日はもう行かないといけません。鬼との結束は他の種族と違い、とてつもなく深いものですから」
それに対して、フィルは微笑み、
「うん。また明日会おうね」
と鬼狼に向けて言葉を交わした。
鬼狼は物凄い勢いで走り出し、どんどん背中が見えなくなっていく。
フィルはそれを見て、なんだかこのまま鬼狼がいなくなりそうな予感がして、それを恐れた。

それは半分が当たりで、半分が外れとなって答えが返ってくることになる。


鬼狼が鬼の本殿に辿り着くと、既に沢山の鬼の群れが本殿を取り囲むようにして、集まっていた。
本殿は主に赤く塗られた和風の屋敷。
山のように聳え立つ本殿は、圧倒的な広さを誇っており、鬼達の拠点には格好の場所となっていた。
今回鬼達は本殿の中ではなく、外で待機するように言われたらしい。手っ取り早く話を伝達させるつもりなのだろう。
「全員集まったようだな」
静寂の中、威圧させるかのように重々しい声が聞こえてきた。
本殿の中から一際大きく、立派な対なる二つの角が生えた鬼がガツガツと歩いて出てくる。
その鬼が地に足をつけるたびに、威圧的な何かが襲ってきた。
その鬼は上半身に服を纏っておらず、鍛え抜かれて凝縮した筋肉があらわになっており、所々に古傷が生々しく残っている。二つの角は神々しく輝いており、眼光は睨んだだけで相手を殺せるのではないかと思わせるほど鋭い。
この鬼こそが酒呑童子。――鬼の頂点に立つ者。
「用件は手短にいこうか。我ら同胞が今年に入り、約五十にわたる者が亡くなった。それに覇王と謳われていた覇鬼すらも、やられる始末。……それも我らの美味なる食材、人間にだ」
鬼達はそのことに関し、内心驚愕していた。無論。鬼狼もこのことを知らなかった為、驚いている。
最近よく鬼が人に殺されたとは聞いていたが、ここまでの数な上に、かなりの実力を持つ覇鬼すらも殺害されたと聞くと、鬼狼は到底信じることなどできなかった。最早相手があのフィルと同じ人間にやられたのかどうか信じることが出来ず、嘘なのではないかという思い込みが、彼の脳を侵していく。
「人は我らの殺す為の道具を、知恵を得てしまった。最早我らでは対抗出来ぬだろう」
鬼狼はその言葉を聞き、絶望の淵に落とされるような感覚がした。
対抗出来ないということは。対抗しないということ。
人間は鬼よりも遥かに多くの数を束ね、鬼よりも遥かに知恵を持ち、進化し続ける生き物。
ここにいても、鬼は絶滅の道を辿るだけ……。だから、
「よって、明日の夜に我らの故郷の世界、大江山に戻るとする。既に決定事項、今日と明日は悔いが残らぬよう、この世界で自由に過ごすといい。以上」
この世界から、鬼が消える時がやってきた。

――人間……そして、フィルとの別れの時がやってきたのである。

~@~

次の日。
鬼狼はフィルに状況を説明した。
最初のうちは納得できなかったフィルも、ヴァンと一緒に納得したことによって落ち着いたようだ。
鬼狼は仕方ないと思いつつも、この世界から離れるのはあまりにも名残惜しかった。
人々の素晴らしさを知ってしまったから。もっと沢山の人々に関わりたいと思ったから。
だから、鬼狼は決意した。この世界に来て出来た夢を果たす為にも、決意する。
「千年後に……この世界に帰ってくる?」
フィルは不思議そうに言い、それに対して鬼狼は頷いた。
「我には夢がある。沢山の人を幸せにし、沢山の人の笑顔が見たい。それを果たす為に、千年という時を耐え抜いて、この世界に帰ってみせます」
鬼狼がいうには、鬼達を振り切って一人の力で結界を破るには、千年鍛え、力を蓄えれば何とかなるという。膨大な妖力をその時の為だけに溜め込み、そして自分自身の力も訓練するということだ。
しかし、鬼にとっても千年とは長い月日であり、人間にとってはとてもじゃないが一生でそれだけの月日を過ごすことはできない。
どちらにせよ鬼狼とフィルは、ここで永遠の別れを告げることになる。
「……寂しくなるね」
「えぇ、寂しくなりますね」
鬼狼とフィルはそう言葉を交わすと、二人とも黙り込んでしまった。
最後だというのに、二人とも何を言えばよいか分からない。そういった心境に陥っている。
「フィル様。そろそろ時間です」
「ぇ……ぁ……」
フィルの休憩時間はもう直ぐ終わり、彼女の仕事場の施設に戻る時がやってきた。
ヴァンは少し哀しそうに微笑み、鬼狼に向けて言葉を投げる。
「鬼狼。お前と出会った時、妖怪……鬼は敵だと思っていた。でもそうではなかったんだな。あの時はすまなかった」
「ヴァンさん……」
「フィル様の友達になってくれてありがとう。お陰でフィル様は、良い時を過ごすことができた」
ヴァンはフィルの肩に手を置いて、そのまま鬼狼に背を向けた。
フィルもそれに従うがままに歩き始める。
「さよならだ鬼狼。今まで本当にありがとう」
そうヴァンが伝え、フィルと共に施設に戻る為に前に歩き出した。
鬼狼も、いつまでもここにという気持ちを自我で押さえ込み、背後に振り向いて歩く。
だが、その刹那。急に誰かが鬼狼の腰に手を回し、抱きついてきた。
鬼狼は驚き、首をだけを背後に振り向かせて、抱きついてきた者の顔を見る。その時点でその誰かというのは、既に実は分かっていたのかもしれない。
――フィルの泣いている顔がそこにあった。
涙で濡れた顔が、そこに存在している。
「フィルは泣き虫ですねぇ……」
そんな鬼狼の目からも一滴の涙を溢していた。鬼の目からも涙。鬼だって、泣く時は泣く。
鬼狼はフィルの髪を撫でるように、優しく手を動かす。綺麗な翠色の髪が気持ちよさそうに揺らいだ。
エメラルドのネックレスが鬼狼の目に映り、少し微笑む。
そして、優しくフィルの手を腰から離してあげて、鬼狼はフィルの方に身体を向けた。
蒼色の泉のように潤った瞳が、鬼狼を見つめている。
「……夢、叶うといいね」
「えぇ。叶えてみせます。きっと……」
笑顔で鬼狼はそう答えた。
いつもホッとするはずの笑顔が、フィルはこの時ばかりはとても切なく思える。
「鬼狼さん。絶対に千年後、この世界に帰ってくるって、約束してくれる?」
「あぁ、約束しますとも」

「――我らは友達なのですから」

そう鬼狼が言うと、フィルは涙を拭いて綺麗に笑った。
とても美しい風のような少女が、鬼に向かって微笑んでいる。
鬼と少女は――友達だった。

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