ほわいとあっぷる 【SS】空想価値 忍者ブログ

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【SS】空想価値

「お姉さん。人の価値ってなにで決まっているの?」

 少年はバス停のベンチに一人座っている女子高生に、何気ない質問をした。そんな質問を見ず知らずの人にした少年は、両親から価値のある人間になりなさいと教えられて今までを過ごしてきた。だが少年は人の価値とは一体何なのか、かけがえのないものとは何なのか考える。少年は両親から価値とは自分で探し出すものなのよと言われたのだが、知らないものは知らないのだ。他者にすがらなければ、この心にかけられたもやもやは無くならないと思った少年は、近くにいる人から答えを知ろうとした。

「人の……価値ね」

 自分よりも幼い男の子に問われた質問に対し、女子高生はふと空を見て考えていた。緩やかに流れていく雲は、太陽の光を遮っては離れていく。学校を終えた学生たちが、少年と女子高生のいるバス停を馴れ合って騒ぎながら通っていった。いつもと変わらない日々の中で、唐突に人の価値について答えを求められた女子高生だったが、何の疑問も持たずにこう答えた。

「やっぱり、愛……じゃないかしら」

「愛?」

「そうそう。あなただって、パパやママに愛されて生まれてきたでしょう。いつか恋して愛したい人がでてくることだってあるはず。だから、人の価値は愛だと私は思うの」

 自信満々で答えた女子高生だったが、少年は納得することはなかった。確かに両親や友達のことを考えるとそうなのかもしれない。しかし、果たしてそれだけが価値のある人間になるために必要なことなのかと言われると、それだけのようには思えなかった。もっと人の価値とは大きなものではないかと、今ここで自分が生きていることはまだ見えない大きな使命があるのではないかと、少年は思うのであった。

「うーん。僕にはまだそれが正しいのか、よく分かんないよ。でも、お姉さんありがとうね」

 少年は女子高生にお礼を言うと、一目散にその場を走って去っていく。少年が学生の人混みに紛れて見えなくなるまで、女子高生は手を振っていた。

 

 しばらくして、女子高生は時刻表通りに到着したバスに乗る。開いている席を探す女子高生は二人席に一人で座っていた青年に許しをもらうと、その青年の隣に座った。揺れるバスの中、女子高生はふふっとおかしく笑ってさっきの少年との会話を思い出す。

 愛か、愛ね……。女子高生はベタで恥ずかしい答えをしたものだなと思ったが、しかしそれは間違っていないと確信を持っていた。愛し愛されるということは、それだけで幸福に繋がっている。心が豊かになって、毎日が楽しく生きていける。この女子高生はそうやって今まで生きてきた。これから先も、両親を、友を、そして彼氏を愛して愛されて生きていこうとそう心がけている人間である。

「ねぇ、君」

 女子高生はなんだか楽しくなって、興味本位で隣の青年に話しかけた。

「な、なんですか」

「君、人の価値って何で決まっていると思う?」

「は、はぁ? 人の価値……?」

「そう、人の価値。なんとなく、君の意見を聞きたくなったの」

 突然ふってこられた問いに、青年は口を開けっ放しにして女子高生の顔を見つめていた。幸せそうな笑顔で答えを待ち続けている彼女に対し、青年は変なやつに絡まれてしまったと嫌そうな顔でうつむく。

「うーん、そうですね……。しいていうなら……」

 女子高生は、うんうんと頷く。

「お金……じゃないですか?」

「お、お金?」

「そうです。結局お金がないとこの世の中、なにもできませんから」

 女子高生から笑顔が消えて、予想外の価値観を持った人に出会ってしまったと後悔した。金、金か……。そんな夢も希望もないことを、平然と言う人間がいるとは思わなかった。

「つまり君は、お金さえあればその人の価値を測れると?」

「測れますね。報酬が多いってことは、その人は努力を惜しまなかった人とも言えますし、稼ぐために考えて生きている人とも思えますし」

「そ、そっか。私は愛のある人が、価値がある人なのかとさっきまで思っていたんだけどね」

「そうなのですか……。すみません、夢のないこと言ってしまって」

 お金だけで人の価値を決めるなんて、それで自分自身が幸福でいられるのだろうかと女子高生は思っていたが、青年が誠実に謝ってきたのでこの場は引くことにした。だけど、やっぱりおかしい。私たちはロボットではないのだ。愛があればどんな困難だって乗り越えていける素敵な人になれる。女子高生はそう信じていた。

 バスのアナウンスを聞いた青年は降車ボタンを押して、手荷物をまとめ始めた。それを見た女子高生はバスが停車すると同時に席を立ち、窓側の席に座っていた青年のために道を開ける。

「先ほどは急に変なこと聞いてしまって、ごめんなさい」

「いいえ。それでは、お気をつけて」

 青年は女子高生に一礼すると、バスから降りていった。でも、今の人は悪い人じゃ無さそうだと女子高生は少し悔しそうに感じていた。

 

 通り過ぎていったバスを見つめていた青年は、一つ大きな溜息をついて近くの喫茶店に入る。友達との待ち合わせの時間まで、ここで暇を潰しておこう。そう考えた青年は、その店オリジナルのコーヒーを頼むとカウンター席に座った。

 やがて注文したコーヒーがやってくると、青年はいじっていた携帯を机の上に置くと店員にありがとうと告げた。カップのふちに口をつけて中身を啜るとほんのり苦い香りが舌の上で広がっていく。今度は溜息ではなく、ほっと幸せそうに一息ついた青年は、先ほどの女子高生との会話を思い出していた。

 人の価値は愛で決まるのか、お金で決まるのか。確かに愛情は大切だと思う。自分にも、家族にも、愛する彼女にも、生まれてくる自分の子供にも、そうやって人は自身の価値を感じられているのかもしれない。でも、結局それはお金がなくては成り立たないことだと私は思っている。自分の居場所も、世間からの評価も、より豊かな生活も、人の病気も、お金がなくては解決しない。自身が生きていく場所を作るには、お金は大事だ。人として価値を見出すのだとしたら、これ以上の分かりやすい指標はない。

 青年は更に自分の過去も思い出していき、深く沈んだ顔をしてカップの中で波をうつコーヒーを眺めていた。

「ねぇ、君。そんな思い詰めた顔をして、気分が悪いのかい?」

 その声で青年は我に返り、隣を振り向いた。そこにはノートパソコンを開いたまま、キーボードに文字を打ち込むのを止めていた男がいた。クリーニングに出したばかりと思えるほど、シワ一つ無いシャツを着こなす男は清潔そのものだった。

「風邪薬くらいなら持っているのだが、いるかい?」

「あ、結構です。お気遣いありがとうございます」

「そうか。余りにも君が沈んだ顔をしていてね。すまなかった」

 男は青年からノートパソコンに視線を戻すと、再びキーボードを素早く打ち始めた。

「お仕事ですか?」

 青年は自分を気遣ってくれた男に少し興味を抱き、話しかける。

「そうだね。こう見えても小説家でね」

「へぇ。小説家ですか」

「○○という作品の○○って名で出ているのだが知らないかね」

 青年は小説家である男から作品名と著者名を紹介されたが、全く聞いたこともなかったため首を横に振った。

「そうか。といっても、世の中に出した作品はそれしかなくてね」

「そうなのですか。でも凄いじゃないですか」

「ただ、その作品は大して売れなかった。それでも何かしら創造することがしたくてね、また新しい作品を執筆していたところだよ」

「創造……ですか」

「そうだ。人は創造する力があるからこそ、価値があるのだと思うよ。より多くの人に作品を見てもらうためには、辛い道のりだったけれどもね。まだまだこれからさ」

 価値、という言葉に青年はドキッとした。バスの中で話しかけてきた女子高生を思い出し、偶然にしては奇妙だなと青年は身震いをした。それをみた小説家の男は作業を止めて、また青年を見返す。

「大丈夫かね。やっぱり体調が悪いのかい?」

「い、いえ。実は今日、人の価値について聞いてきた女性がいまして。同じ話をあなたがしてきたものですから、驚いてしまったのです」

「そうだったのかね。それは偶然にしては驚いてしまうな」

「心配させて、すみません。……彼女は人の価値を愛と答えていました」

「まぁ、分からなくは無い答えだ。君は?」

「お金……ですね」

「お金か。私とは真逆の考えをもっているみたいだね」

「そうですね……ハハハ」

 青年はそれっきり、小説家の男と話すことはなかった。そしてもう一度、人の価値について考え込んだ。創造は大事なことだ、稼ぐことを目的にするのであれば、それは必要なものだと思う。ただ、それが人の価値に繋がるかと考えると到底そうだとは思えなかった。結局、自己満足にしか過ぎないとみえてしまって仕方ない。結果がなければ、人の価値は生まれないのだ。

 青年は居心地が悪くなり、コーヒーを一気に飲み干した。携帯を除いて、急用ができたと小説家の男に嘘をついてその場を立ち去っていった。

 

 立ち去っていった青年をちらりと見た後、黙々と作業をしていた小説家の男もキリのいいところでノートパソコンの電源を切り、店を出た。

 沈む夕日に背を向けて帰路につくと、小説家の男は歩きながら先ほどの青年を思い出してみる。人は作品を生み出し、残すことこそが価値に繋がると思っている。作品は人に見てもらうため、聞いてもらうため、感じてもらうために作り、自分の価値にもなり誰かの価値にもなる。愛に酔うことも、金で自惚れるのも正しいこととは思えなかった。誰かが作り上げたものを誰かが見て、それで価値のある作品を見たものがまた誰かに伝えていく。それは素晴らしいことだと思うし、人でしかできないことだと思っている。最もその人の価値を感じるのは、やはり創造だ。

 小説家の男は自身が満足できる答えを出したところで、家の近くにある公園に辿り着く。いつもならこの時間であれば、遊んでいる子供たちも家に帰っていく頃なのだが、その日は見慣れぬ少年が一人ブランコで遊んでいた。こんな時間までいるとは危ないなと思った小説家の男は、少年の近くまで寄って、注意をうながした。

「少年。そろそろ日が沈むよ。危ないからもうお家へ帰りなさい」

 それを聞いた少年はブランコを漕ぐのをやめて、はーいと元気よく答えた。

「あ、そうだ。おじさんおじさん」

 少年は何かを思い出したかのように、小説家の男に質問をしてきた。

「なんだい?」

「えっとね、人の価値ってなにで決まっているの?」

 小説家の男は平静を装いながらも、心底驚いていた。今日は人の価値について全国的に考える日なのかと思ってしまうほど、先ほどの青年の言っていたことと同じ話をしてきたのだから。

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「パパとママがね。価値のある人間になりなさいって、僕に言ってくるの。でもね、人の価値って一体なんだろうって考えたら、よく分かんなくなってしまって……」

 随分と曖昧な定義を子供に押しつける親だなと小説家は思ったが、少年の力になってあげようと先ほど自身が出した答えを話すことにした。

「私は、人の価値はより沢山創造できるかどうか、伝えられるかどうかだと思っているよ」

「創造?」

「新しい作品を生み出すということだよ。愛が大事とか、お金が大事とかいう人もいたけれどもね」

「愛もお金も、人の価値にはならないってこと? 愛が人の価値だよって教えてくれた人もいたよ? その人たちは間違っているの?」

「そうではないが……私は一番大事なのは、創造だと思っているということだよ。自分が作品を生み出して、誰かに伝えて、また誰かが作っていくことが価値に繋がっていくってことさ」

「ふーん。おじさんはその創造というのが人の価値で、愛が人の価値だという人もいれば、お金が人の価値だと思っている人もいるんだ」

「まぁ、そういうことだね」

 小説家の男から話を聞いた少年は、首を大きく真横に傾けた。そして、少年は人の価値について結論を出すのだった。

「だとすると結局、人の価値って人それぞれってことなんだね」

 小説家の男はその少年の言葉を聞いて、参ったなと苦笑いした。

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