ほわいとあっぷる 【長編】鬼狼の物語 其の9 忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

    

【長編】鬼狼の物語 其の9

「いたぞ! 鬼狼を逃がすな!」
月が照らす夜に、沢山の足跡と喧騒が静寂を打ち壊していた。
あれから千年の年月が流れ、鬼狼があちらの世界に戻る時がきたのだ。
実際鬼狼はそのままこっそり抜け出して結界を破り、元の世界に戻ればよかった。だが鬼狼はあろうことか鬼の頭領である酒呑童子にここから出て行くことを伝えていたのである。世話になったからというものもあったのだろう。
だが、それはやはり許されぬ行為であった。鬼は集団で生きる妖怪。集団からはぐれようとでもすれば、鬼達に殺されるのだ。
それを予知していた鬼狼は、自分の能力である黒い炎を使って黒煙を作り出し、本殿から上手く逃げ出してきたのであった。
鬼狼はただまっすぐ走り、この大江山の世界の端までひたすら向かっている。
「確かあの世界への結界はこっちだったはず……」
既に世界の端は眼前まで近づいており、鬼狼の心臓の鼓動が高まった。
「まてぇい鬼狼ぉ!」
三体の鬼が鬼狼の前に立ち塞がり、拳を構え迎撃の準備をしていた。
鬼狼はそれを確認すると拳を思い切り噛み、両手に血を滴らせる。
「血炎拳」
両手に炎が宿り、鬼狼は腰を走りながら捻り、バネのように一気に腰を戻らせ、身体をコマのように高速回転させた。
黒の火炎が鬼狼を中心に渦の中から外に向かって吐き出され、周りの鬼に炎が降り注ぐ。
鬼達は素手で殴り飛ばして、鬼狼を止めようとばかり考えていたのだろう。急な能力の発動に対して、何も対策せずにくらってしまった。鬼達は今まで鬼狼に見向きもしていなかったせいか、鬼狼の成長を見くびっていたのである。
炎を浴びてしまった鬼達は悲痛な呻き声をあげ、顔や身体に纏わりつく漆黒の炎を振り払おうと必死になって暴れていた。
鬼狼はそんな鬼達に目をくれず、ただ前に向かって走る。
「よし……ここら辺ですね……!」
鬼狼がそう呟いた時。
鬼狼の前に誰かが立ち塞がった。
その者は見えない何らかの壁に寄りかかって、鬼狼を冷たい目で見ている。
その見えない壁こそが、世界と世界の境目である結界。だが、結界の向こうに鬼狼を行かせぬようにと、その鬼は鬼狼を睨みつけていた。
黒の翼に赤のマフラーが目立つ鬼――鬼鴉である。
「……鬼狼。この先に行くつもり?」
走って向かってくる鬼狼に静かに問いかける鬼鴉。鬼狼は青白く凍てつくような眼差しで、鬼鴉を睨みつける。
「えぇ。我は帰りますよ。友との約束、我の夢の為にも!」
鬼狼は吼えた。
その決意は揺らぎない黒炎となって、鬼鴉に襲い掛かる。
だが鬼鴉の前に黒い鴉が集結し、それを召喚した主人を守った。鴉は黒炎に焼かれ、痛々しい鳴き声をあげながら、みるみるうちに白骨となっていく。
「その程度の覚悟で、私をどかすことができると思っているのか?」
「そうですね……。ならこれを見れば――本気と分かるんじゃないでしょうか?」
鬼狼は背に手を回して、何かを取り出した。
手に握られたのは、大きな鉄の塊に、鋭利な鉄のとげが出ている物。
クルクルと手の中で軽々と回し、その武器が神々しく踊る。
「――お前、金棒を!」
「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」
鬼の咆哮。
鬼に金棒。

――金棒を持つ鬼は、天下無敵也。

金棒に膨大な妖力が注ぎ込まれ、怪しく黒色の光を宿らせている。
空高く鬼狼は跳び、宙を縦に一回転。そのまま鬼鴉諸共、結界に向かって全力を込めて金棒を振り下ろした。
「……くっ!」
危険と察知した鬼鴉は、背にある翼を広げ、左に勢いよく飛んで避けた。
鬼狼は金棒が結界に突き刺さり、見えない壁にヒビが入る。風景が乱れ、そして風景がガラスのように割れて、鬼狼は遂に一人の力で結界を破壊した。
結界の向こうに映るのは……あの懐かしい人間達のいる世界。
「我は鬼狼! 人々を愛す鬼也! 我は帰る! 友の為! 人の為に! 我が同胞よ、いつまでも元気でいることを我は望むぞ!」
笑顔で鬼狼は楽しそうに言い、結界の向こう側へ消えていく。

「さようなら、我が同胞よ!」

結界はやがてジリジリと塞がり、再び元の風景へと戻っていく。
呆気に取られていた鬼達。鬼狼を追いかける者は、誰一人といなかった。
「――強くなったな、鬼狼」
鬼鴉は静かに呟き、やはり冷徹な表情のまま言葉を溢す。

月の光が、今日だけやけに眩しく見えた。

~@~

「よいしょっと……」
鬼狼はフィル達のいた世界の地に、ゆっくりと着地した。
千年振りの世界だが、あの時と変わった様子はないように見え、自然豊かな場所のままであった。
そして、鬼狼の今居る場所は――フィル達とよく遊んだあの森。
「……懐かしいですねぇ、この場所も」
薄く微笑む鬼狼の表情とは裏腹に、どこか寂しげな感じでもあった。
この世界に帰ってきたけれども、もうフィル達はいない。それだけが、鬼狼は苦しく思った。
だが、そんな思いにふけっている中。


「「「あははは!
あっはっはっは!
はっはははっは!」」」

どこか近くで、狂ったような笑い声が聞こえてきた。
――なんですかこれ……?
――『喜』『怒』『哀』『楽』……全ての感情が混ざった声?
鬼狼は声のする方へ走り出し、木々の合間を縫うように進む。
やがてその木々を抜けたと思いきや、そこには衝撃的な光景があった。
――燃えさかる紅色の炎。
立派に建てられていただろう、一つの家は真っ赤な炎に包まれていた。パチパチと音を鳴らし、ときどき木材が崩れ落ちる。
その山のようにでかい炎の前に、一人の少女が座り込んでいた。
それを見た鬼狼は、思わず呟く。
「……フィル?」
鬼狼は自分の目を疑った。
千年後の世界に、彼女がいるはずがない。
でも、あの綺麗な翠色の髪に、泉のように潤っているあの蒼い瞳。そして、小さなエメラルドのネックレス。
人形のように力がなくなって、座り込んでいる彼女がそこにいた。
目には力が入っておらず、死んでしまったかと思わせるような瞳。涙を流したのだろうか、顔には雫の流れた跡ができている。
「一体これは……?」
鬼狼は自然とそう呟き、遠くからフィルのような少女を眺めていたが、そこに数人の白衣を着た男達がやってきた。
彼らが少女に近寄ってきた、それと同時に……。

どかッ……!

いきなり白衣を着た男のうち一人が、少女の腹に一発、拳を入れ込んだのである。少女は力なく飛ばされ、思いっきり身体を地面に強く叩きつけられた。
「ぁぐ……っ」
少女は小さく呻き声をあげ、痛そうに身体を痙攣させる。
「(――あの男……)」
鬼狼は状況がよく分からないが、どうしてもあの少女をフィルだと思い込んでしまい、身体の内に怒りを秘める。
鬼狼は何か話し合っている白衣を着た者達の前に出て、ガシガシと歩き出した。
ある程度近寄ったところで鬼狼の存在に気付いたのか、こっちに振り向き、警戒態勢をとる。
「な、なんだお前!」
「何があったか知りませんが……。とりあえず、その子を離してくれませんか?」
「これは私達の道具だ! 渡すわけにはいかん!」
――私達の……道具だと?
急に鬼狼は、千年前フィルと出会った時のことを思い出していた。
――でもやっぱり私、機械みたいに動く人形だよね……。
鬼狼は、あの時フィルが言ったことを思い出してしまった。
「お前みたいな訳分からない奴に……」
「我は離せと言っているッ! 人間よ!」
急に発せられた大きな声と威圧に畏れたのか、白衣の者達は身体を硬直させる。
鬼狼は更に脅しをかけるように、彼らに向かって言葉を吐き出す。
「我は鬼ぞ? まさか汝らが我に叶うとでも思うてあるまい。それでも聞かぬと言うのなら、力づくでも離れてもらうッ!」
「お、鬼……?」
完全にパニック状態になっている白衣の者達に鬼狼が手を伸ばすと、慌てて鬼狼に背を向け、全員走り出していってしまった。
――初っ端から、夢とはかけ離れたことをしてしまいましたね……。
そんなことを鬼狼は思った後、倒れて苦しんでいる少女の身体を起き上がらせた。
「大丈夫ですか。汝?」
「…………」
少女は力なく鬼狼を見つめ、無言で鬼狼の質問の言葉に応答する。
「汝、名は? どうしてこんなことになっているのですか?」
「……思い……出せない」
少女が小さくそう呟いた。綺麗で、何も感情のない声で。
「思い出せない? 何もですか?」
少女は鬼狼の言葉を聞いてもうんともすんとも言わずに、ただ地面をぼーっと見つめていた。
鬼狼は少女が何者か気になって仕方なかったが、放心状態の彼女から何も情報を得られないと悟ると、周りをぐるぐると観察し始める。
家は木々より離れた場所にあったせいか、燃え移ることはなく、徐々に火の勢いは衰えてい
っていた。
「ん?」
鬼狼は大きな焚き火のように燃える家を見ていると、家の前に何かが落ちていることに気がついた。
そこに近寄り、その何かを拾い上げ、両手で持ち上げて色んな方向から観察する。
――銀色に輝き、一部紅に染まった刀。
その刀は何故か研がれておらず、斬ることのできない品物だった。鬼狼はまた俯いている少女に視点を戻し、彼女の腰に差している鞘へ視界を動かす。どうやら大きさ的に考えて、その鞘に納まる刀だと鬼狼は気付く。
「……何やら、色々あったようですね」
鬼狼はその刀にこびりついている紅い血を、鬼狼の持っている血を炎に変える能力で燃やして、元の銀色に輝く刀に戻した。
そして少女の元に歩み寄り、その刀をしっかりと鞘の中に納める。
しばらく。鬼狼は空を眺めていると、眩しい朝日を拝むことになった。
太陽が水平線の向こう側から、ゆっくり顔を出し始めていたのだ。
鬼狼は一度眩しそうに太陽を眺めた後、少女に向かって語り始めた。
「『風夢』」
「え?」
少女は少し正気を取り戻しつうあったのか、鬼狼の言葉に瞬時に反応する。
「風の夢、あの空を吹き渡るように自由に生きて欲しい。――そういう意味が込められた名前。今からこの名を汝に授けます」
「私の……名前……?」
「そう、今日からこれが汝の名です。風夢」
鬼狼は優しく微笑んで、少女に向かって問う。
「我はこれから旅をします。しかし、我には知恵がありません。――ですから、汝が我の手助けになってくれませんか? その代わり、我は汝の記憶を取り戻す為の手助けになりますから」
少女は蒼く潤った両眼をぱちくりとさせ、鬼狼を見つめた。
鬼狼は感じていた。
この少女はフィルが一人ぼっちの鬼狼にくれた、友達だったのではないかと。
少女は知らなかった。
己が何故此処にいるのかを。

――少女の名は風夢と名づけられ、二人は今……。

~@~

ガギィィィン!

ぽかぽか陽気の天気の中、快音が響いた。
音の発生源は、鉄の塊のような刀と鬼狼の鉄頭がぶつかり合う音。風夢が刀を抜いて、熟睡していた鬼狼に振り下ろしたのである。
「うごぉぉぉあああぁぁぁ!」
鬼狼は吼えるようにして悲鳴をあげ、頭を抑えて痛みを抑えようと必死になっていた。
「ふぅぅぅうむぅぅぅ!」
「……だったらクロさん、予定通りに起きてよ」
少し涙目で抗議している鬼狼に対して、風夢は冷静に返答した。
ちょっと昼寝と言って、馬車の中で寝た鬼狼。
ついでに実は風夢もこっそりと寝ていたのであった。しかし、あまりにも鬼狼が長時間寝ていたので、彼女は起こすことにしたのだ。
鬼狼は普通の起こし方では起きてこない。だからこそ、唯一鬼狼を目覚めさせる方法である風夢の頑丈な刀で、彼を殴らないといけない訳だ。
鬼狼はその衝撃に耐え切れるが、痛みだけは伝わる為、鬼狼は嫌でも目覚めてしまう。その為、風夢の刀は鬼狼を起こす為の目覚まし代わりにもなったのだ。
鬼狼は何か訴えようとしたが、起きれなかった自分の方が悪いと思った為、何も言わずに馬を動かし始めた。
馬は一度鳴くと、ゆっくりと馬車を引き始め、土砂の一本道を歩き出す。
道の左右は緑豊かな平原が広がっており、風が吹くたびに波のように揺れた。
「――風夢」
「何、クロさん?」
馬車の中で旅の荷物を整理整頓していた風夢に、鬼狼は話しかけた。
「我と出会った時のこと、覚えていますか?」
「……正直言うと、あんまり覚えていない」
鬼狼に振り向くことはなく、風夢は返答する。
それを聞いて、鬼狼は少し心寂しくなったが、次の風夢の言葉を聞いて少し驚く。
「でも、風夢って名前を私にくれたことだけは、ずっと覚えてる」
「――そうですか」
鬼狼は薄く微笑み、空を見る。
鬼狼は生きているということを、彼女と一緒に旅していることを不思議に思っていた。
――鬼狼は風夢に感謝していた。鬼である自分を畏れずに、友達になってくれたことに。二人はこれからも人々に笑顔を授け、『喜』の感情を送りながら、旅を続けていくだろう。
「ところでクロさん」
「ん?」
「以前話してくれた千年前のフィルって人に、そんなに私似ているの?」
風夢の問いに、鬼狼は笑顔で答えた。
「えぇ。特に背がちっこいとか言った時の反応とか、凄く似ていますよ!」
その瞬間、青い空と緑の草原にまた、快音が綺麗に響いた。
吼えるような悲鳴もまた、快音の後に続くように響き渡る。


――鬼と少女はこれからも旅を続けるだろう。








[chapter:        『彼らの物語』]



うごぉぉぉ……風夢ぅぅぅぅ~っ。その起こし方勘弁してくださいよぉぉぉ……。
その角――そして黒髪に黒の着物。もしかしてあなた、鬼狼さんでしょうか?
汝は、本当に優しい人なんですね。
そいつを喰らいたかった。この理由じゃ納得できねぇか?
ありがとう。鬼狼さん、ヴァン。……友達になってくれて。
わ、私、フィルって言うの。ちょっとお話しても……いいかな?
――人は未来永劫、星にはならん。
そう、今日からこれが汝の名です。風夢。
いつの日か。人間と妖怪が仲良くなれる日がくるといいね。
――我らは友達なのですから。
お父さん! お客さん来たんだ!
あなたはもう分かっているのでしょう。人喰い鬼さん。
――死ねよ。糞人間が。
でもやっぱり私、機械みたいに動く人形だよね……。
あっはっはっはー! 鬼がやって参りましたよー!
我は鬼ぞ? まさか汝らが我に叶うとでも思うてあるまい。
お姉ちゃん……おやすみなさい……また…………。
――おやすみなさい。……また会おうね、優子ちゃん。
我ら鬼の一族の同胞です。――そして酒呑童子様は鬼の頭領。
私、何もできなかったよ……なにも……できなかったよ……っ。
おやすみなさい。クロさん。
……思い……出せない。
――強くなったな、鬼狼。
どうやら。我らに味方する者はいないみたいですね。
汝も相当、変わり者ですね。
さようなら、我が同胞よ!
でも、風夢って名前を私にくれたことだけは、ずっと覚えてる。
我は鬼狼。人を愛し、邪なる妖を滅する者也。
さよならだ鬼狼。今まで本当にありがとう。
……夢、叶うと良いね。







――パタン。









昔々。ある所に、一人の少女と鬼がいました。

鬼は何故か少女を好きになり、少女は鬼を好きになります。

あの日二人が出会わなければ、この旅が始まることはなかったでしょう。
あの日鬼が少女を助けなければ、この物語は始まらなかったでしょう。

旅をして、二人は成長していきます。
鬼は力を使い、少女は知恵を使い、二人は困難を乗り越えていくでしょう。

これは鬼と少女の物語。

変妖と謳われた。鬼狼の物語。



――鬼と少女の物語は続いていく。

拍手[0回]

PR

    
  

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © ほわいとあっぷる : All rights reserved

「ほわいとあっぷる」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]