ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その1 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その1

 このクラスの中心には、いつだってあの子がいる。

 私は五、六人ほどのクラスメイトに囲まれて楽しくお話をしている彩月(さつき)を見つめて、彼女のことをそう評してみた。本当に彼女の周りにはいつも誰かがいるなと、視界に入るたびに思う。

 彼女のことを何かに例えるなら、暖かい春にうまれる柔らかな日だまりみたいな、そんな心地の良いものを持っている女の子。誰にしても明るく接して、かつ程よい距離感を取って人と関わるようにしているのだ。彼女といるだけでその周りがぱっと明るくなるのである。

「理沙ちゃん理沙ちゃん!」

 口数が少ない私でも、たまに彼女とお話することがある。今日は朝一から健気に理沙(りさ)ちゃんと私の名を呼びながら近づいてきて、どうしても解けない数学の問題があるから教えてほしいとのことで話しかけられた。数学は大の苦手と本人は恥ずかしげに私に話してくるので、しょうがないなと思いつつ私は教えてしまうことに。彩月は物覚えがいいので、丁寧に一度教えると覚えるのにそこまで時間はかからない。教えるのに苦労しないのがとても良いことだ。話を終えると笑顔でありがとうと言って、鼻歌交じりに自分の席へと戻っていく。そしてしばらくしたら、また彼女の周りに群れができていく。人はどこかのグループに居たがるものだなとつくづく思う。こう、自分の居場所だとか、孤独を嫌いだとか、周りの目が気になるだとか、そんな理由で集団を作る。そこからはみ出した者……私みたいな人との関わり方が苦手な子達は、関係を保つのが面倒くさいなんてことを吐き捨てちゃったりするのだけど、彩月はそのどちらでもない。苦手な人間関係の中にいながら、彼女は自由の身であるように思えた。

 私は人との関わり合いが少ないからというせいもあるが、あまり人と深く関わりあうことが特別、大事なことだとも思っていなかった。何か聞かれたらそれに答える。手伝ってほしいことがあればそれに応じる。ただ最低限の対応をし、相手の空気を悪くしないよう立ちまわっていた。とにかく面倒なことにならないように良いほうへ正しいほうへと常に意識して行動する。まるで幼子の機嫌を損ねないように対応する大人みたいな、そんな感じで話してしまうことが多かった。現に、クラスの子からは友達というより、先生だとかそんな同等の位置にいない人だという感じで、話しかけられるのだ。勉強を教えてだとか、愚痴を聞いてほしいだとか、常に相手よりも上の立場に立っていた。だから、彩月のように人望があつく、そして女の子らしく可愛くいられる人には少しばかり憧れを持っているのだ。何故、対等にお話ができるだろうと――あぁ、私はどうしてこんなにも可愛くないのだろうと。

 本当にこのままふさぎこんで、周りの邪魔にならないことが正しいことなのだろうか……。

「理沙ちゃん大丈夫? 皆行っちゃったよ?」

 私がブルーな気持ちを押し殺すように机に突っ伏していると、彩月の声が聞こえてきた。皆行っちゃったとは何のことだろうか。

「……あ。次、移動教室か」

 ど忘れしていたことを五秒と立たないうちに思い出し、ぼーっとする頭を動かして正面を向く。両手で教科書類を持ち、無垢な瞳で心配してくる彩月がそこにはいた。ずっとふさぎこんで移動しない私を見て待っていてくれたと思うと、とても申し訳ない気持ちになる。

「そうそう。どうしたの? 体調でも悪い?」

 君に嫉妬して落ち込んでいただなんて、口が裂けても言えるはずがない

「いや、大丈夫だよ。ありがとう。まだ行く準備してなかったから、先行ってて」

「はーい! 遅れないようにね!」

 彩月は元気よく敬礼すると、教室から出て行った。私は三限目に必要になる教科書を引き出しから取り出して、次の授業のある教室へ移動するのだった。

いいんだ、今は。何も進んで辛いことをする必要はない。――例えそれが正しくないことだったとしても。

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