ほわいとあっぷる 【SS】嫌悪に嫌悪して 忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

    

【SS】嫌悪に嫌悪して

 舞台の上に二人、観客は誰一人として居ない。
 真っ暗な空間にスポットライトが二つ、私と彼女を照らしている。
 彼女は悲劇のヒロインだと言わんばかりに泣き続け、私は氷のような冷たい瞳で彼女を見下ろしていた。
「私なんて死んでしまえばいいんだ。死んでしまえばいいんだ。こんなクズ、いなくなってしまえばいいんだ……いなくなっちゃえ……」
「でも、そろそろ前を向かないとさ」
「だって、怖いもの。あなたみたいに、強くなれないよ」
 ここまで彼女が落ち込んでいる理由は、とある方を怒らせてしまったこと。それは気になっている殿方で、大好きで大好きで仕方無い相手だった。
 そんな彼女は自分の気持ちに素直になれなくて、思ってもいない冗談を言って彼の気を惹かせようとしたのである。「○○くんって☓☓だよねー」みたいな感じに。今では言い放った言葉を思い出すのも嫌になっているようだ。
 それが案の定、相手の癪に障ってしまって怒らせてしまった。それはもうカンカンに。
 あれからずっと大好きな彼とは話していない。気まずい関係が続き、やがて彼女はやつれていった。
 食欲が沸かず、友達との会話が弾まない。そうして彼女は自分のことがどんどん大嫌いになっていく。
「でもさ。あなた、立ち直らなければ何も始まらないよ? ずっとここに居るつもりなの」
「無理だよもう痛いよ痛いよ怖い怖い怖いやだやだやだこんなにこんなに苦しいのに……」
「ネガティブだなぁ……」
 面倒臭いと思いつつも、私は彼女と向き合わなくてはならない。彼女の本心を真っ直ぐ受け入れないと、新しい一歩を踏み出せない。いつだってそう。中途半端では、変わることなんてできないのだから。
「そんな泣いていても、彼はあなたのこと好きになってくれないよ。言ってたじゃない、いつも笑顔が絶えないあなたが好きだって」
「本当はこんなに弱いのにね」
「そうだね。いつか受け入れてもらえるように変われるといいね」
「いっそ皆に全てこんな私を晒して、偽ることなく楽になれたらいいのに」
「だけど、そうやって他人よがりになる自分が嫌い……なんだよね」
 そうやっていつまでも1人で悩み続ける彼女。こんな長い間、私だけにずっと悩みをうち明かしている。
 強がりの癖に泣き虫で、怖がりの癖にいきがる。誰しも辛い思いをして生きているのに、自身の感情を垂れ流しにしたくはないとのことだ。私もそれには同意する。目の前でうじうじと悩み続ける彼女を見ていると、少なからずとも私はイライラしてしまうから、きっと他の人が彼女の相談を受けたところで甘えるなと腹が立ってしまうのだろう。
「こんな私でも、認めてもらえたらいいのに」
「認めてもらえるわけ無いでしょ、馬鹿」
「はは……そうだね。私は駄目なやつだから」
 駄目なやつ、と聞いた瞬間に私は彼女の腹を思いっきり蹴飛ばしていた。か弱い身体は、呻き声とともに後ろへ倒れた。苦しそうに咳き込んでいる彼女の髪を私はためらいもなく掴むと、強制的に私へと首を向けさせるように引っ張る。
「痛い、痛い、痛いっ」
「それは私だって痛いよ、でもあなたには厳しくしないとこのまま腐ってしまってはこちらも困るの」
「あなたは怖くないの? 痛くないの? きっとこの先も、恋に焦がれて、叶わない夢を見続けて、苦しい思いをするだけだよ」
「そういうあなたはそのまま嫌われたままでいいの? 悔しくないの? 自分に甘ったれているんじゃないよ。私は、夢を現実にするためにあなたの元へやってきたの」
「夢を現実に……?」
「そう。あなたが本当に願っているのは、ここにいる私のはず。あなたが私を作ったんだ、理想の私を」
 私は、この世に産まれて間もない彼女自身だ。まだ夢の中でしか、生きていくことも出来ない。彼女が私を否定すれば消えていくような儚い存在だ。
 彼女は理想を築いて、私と代わろうとしている。きっとそれは辛い決断だ。前向きに生きるっていうのはそれだけでも辛いことだから。でも今、彼女は頑張りたいと本心は願っている。だから――。
「だからまた笑って見せてよ。後、必要なのは前に進む覚悟だけだよ」
「私、変われるかな」
「変われるよ。大好きな自分をこんなにしっかりと考えて誕生させたのだから。後は、前に進んで過去の自分を消し去るだけ」
「……」
「大丈夫。今まで同じこと何度もやってきたじゃない。今回も上手くやるよ」
 ずっと彼女の瞳から降り続けていた涙が、ようやくやんだ。私は掴んでいた彼女の髪を離してあげた。彼女は一度、涙を袖で拭いゆっくりと立ち上がる。
 私を恐る恐る見つめてくるものだから、大丈夫だよと言う代わりに笑顔で返事してあげた。それを見て驚いていたが、やがて落ち着いたのか彼女も微笑んでみせた。
「私は……私はどうしても彼に好きになってもらいたい。だから、お願い」
「えぇ。後は任せておきなさい」
 ようやく彼女は決心したことを私は大いに喜んだ。彼女の願いを叶えるために、私は彼女を殺す。スカートの裾から鋭く光る銀色のナイフを取り出し、彼女へ飛びかかった。彼女の胸に一突きしては引き抜き、もう一突きしては引き抜いて身体を貫いていく。
 辛そうに無抵抗のまま貫かれる彼女を見ているのは、とても辛くて痛い。それでも更に突き刺して、引き抜く。彼女は痛みに耐えられず、叫びだしても、構わずもう一度突き刺して、引き抜いた。嫌いな自分なんて、死んでしまえと罵倒を狂ったように吐き出しながら刺し続ける。
 瞳から光を失っていく彼女が地面に叩きつけられていく。それでも私は彼女の上に馬乗りとなり更に突き刺す。何度も急所へと、突き刺して引き抜く。とても辛くてついには涙が出てきても、何度も死ねと叫んで突き刺す。大きくナイフを振り上げて、振り下ろす……その作業の繰り返し。刺している間にも、彼女の苦痛の思いが私にのしかかって襲い掛かってくる。それでも前へ前へと懸命にナイフを刺していた。
 ――やがて、彼女は物言わぬガラクタとなっていた。
 彼女を照らしていたスポットライトも徐々に消えていく。先程まで狂乱していた私も、消えていく彼女を見て、落ち着きを取り戻していく。
 こうしてようやく私は大嫌いな彼女を殺しきったのだった。嫌だった自分と向き合って、戦って、受け入れて、克服する。
 一人になった私はやがて、夢から覚めていく。
「ありがとう。頑張るよ」
 既に舞台上で照らされることもなくなった彼女に、私は涙を流したまま礼を言うのだった。



 目を覚めると、うるさく目覚まし時計が鳴り響いていた。
 ベッドから出たくないと思いつつも、机の上に置いてあるアラームを止めに行く。そうやって身体を動かすことで目を覚ました私は、寝ぼけた頭でじわじわと夢を思い出していく。
「そうだ……私、泣いていたんだ……」
 昨日の私は一人で抱えこんで、涙で頬を濡らしていた。今は夢のお陰のせいか、何だか気分は良かった。イライラの元凶を痛めつけて、殺しきったのだ。まるで生まれ変わったかのような感覚だった。
「さぁ、頑張っていきますかっ」
 両手で頬を叩いて気合をいれ、そうやってまた素敵な自分を目指して歩み始める。
 いつか私も新たな自分に殺される日が来るだろうけど、それまでは精一杯、生きていこう。
 今日という日が、素敵な一日になりますように。涙はもう流れていなかった。

拍手[0回]

PR

    
  

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © ほわいとあっぷる : All rights reserved

「ほわいとあっぷる」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]