ほわいとあっぷる 【SS】もったいないドア 忍者ブログ

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【SS】もったいないドア

「あー、死にたい……」
 彼女が口を開くたびに吐き出されるのは、そんなものだった。
 彼女は、私が所有する開発室に勝手に入って来ては、真っ白なベッドに寝転がってダラダラと過ごしていた。
 勝手に入室してくるのはいつものことだが、彼女がここのところ鬱々としているのは、付き合っている相手が一週間前に遠くへ引っ越してしまったからであった。
 それでも別れず遠距離恋愛という形になったようだが、いつも一緒にいてくれた彼がいないことに嘆いて、私へ愚痴をこぼしにやって来るのである。
「まだ立ち直れない感じ?」
 私はナメクジみたいにベッドに張り付いている彼女に気遣ってみる。
「だってさ、やっぱり無理だよ。私。こんなんじゃ駄目なのは分かってるけどさ」
「私は別にいいよ。でも、何か放っておいたらあんた本当に死にそう」
「もう死んでるのと変わらない気がするよ私は。彼がいないなら、死んだほうがいい」
 はぁ……っと、彼女が大きく溜息をつくたびに負のオーラをあてられている気分になり、私も憂鬱になってくる。毎日この様子だと、彼氏の方も大分困り果てているのではないだろうか。
「首吊りがいいかな。それとも手首切ろうかな」
「冗談でもそういうこと言うの止めなさい」
「御免なさい。でもなぁ……はぁ……。ここまで落ち込むはずなかったのになぁ」
 ただ一番困っているのは彼女自身なのかもしれない。目元にはくっきりとクマができてしまっていて、気分が悪そうだ。歩き方はふらついているし、いつ倒れてもおかしくない。それに、まともに食事をとっていないと彼女は言っている。彼がいないことが相当堪えているみたいだ。
 彼女とは長い付き合いである。私の仕事を手伝ってくれることもあれば、画家として素敵な油絵をプレゼントしてくることもあった。そのため、この部屋は彼女の作品が飾られる場でもある。
 いつもなら何も聞かず、隅っこで絵を描き始めそうなやつなのに。感情の整理がうまくいかず、自分らしくないと自己嫌悪に陥って唸り続けるばかり。私の調子も狂うというものだ。
 しょうがない。あまり気は乗らないが丁度良く開発中のものがあるし、こいつでなんとか気分を変えさせてみよう。
「ねぇねぇ。ちょっと見せたいものがあるから起きて」
 私は彼女を無理やりベッドから引っ張りだして、地下の実験室へと連れて行く。そこにある巨大な保管庫のロックを外し、中から人が通れるくらいのドアを二つ取り出した。
「じゃーん」
「何、このでかいドア」
「そうです。ドアです。でもただのドアじゃないんです。ついに有名なあのドアっぽいものを私は発明したのです。そう、どこでもドアなんですよこれ!」
 人前に初披露した自慢の作品を紹介したものの、期待したような彼女の驚愕した顔を拝む事はできなかった。
 突然言われてもしっくり来ていないのか、彼女はずっとドアを胡散臭いといった顔で眺めるだけだ。
「……んじゃ、まぁ。とりあえず実際使う所を見せるね。そこで待ってて」
 まず私は二つのドアを設置するため、台車で移動させる。今回はそんな遠い場所へいかなくていいので、ドアとドアの間隔を三メートルぐらい離して設置した。片方のドアは彼女の正面を向くように置き、もう片方は私の前に、彼女からはドアの側面を見えるようにして置く。これで準備はオッケイ。
「あ。最初に言っとくけど、ドアは絶対勝手に触れないでねー」
「う、うん」
「よしよし。それでは、ドア開くよー」
 安全装置を外し、私がドアノブに手をかけドアを開くと、彼女の正面にあるドアも勝手に開きだした。流石にドアが同期して動いたことに驚いたのか、彼女から感嘆の声があがる。その間に私はコピー用紙を取って、紙飛行機を作り上げた。
「最後にこの紙飛行機を使って、ドアを潜るように飛ばしてあげると……」
 後は成功しますようにと、紙飛行機をドアへ、すっと飛ばしてあげた。紙飛行機がドアをくぐり抜ける前にぐにゃりと歪んで消え……。
「うわっ」
 もう片方のドアから同じ紙飛行機が現れて、彼女の頭上を飛んでいった。よしよし、大成功だ。
 彼女から見たら、私のドアを紙飛行機がくぐり抜けたと思ったらそこから出てこず、代わりに正面のドアから紙飛行機が飛んでくるという不可思議な現象が起こっていただろう。
「ね。私は凄いものを発明しただろう?」
「そりゃもう凄いよ。この道具が作られる未来なんて、まだまだ先の話と思ってた」
「そうだろうそうだろう。んでさ、この片方をあんたの彼氏のとこに持っていけば――」
「いつでも彼に会える……ってことになる?」
「そゆこと」
「やった! 使わせてくれるんだ!」
「いいけど、でもこれ欠点があるんだよね」
 私はもう一つ紙飛行機を作って、また正面のドアへ飛ばしてくぐらせてみる。しかし想定通りにいかず、また向こうの扉から紙飛行機が出てきた。何も問題無いのではと言ったように首を傾げる彼女。再び紙飛行機を作るのも面倒になってきたので、紙をぐしゃぐしゃに丸めて開いたドアめがけて投げつけてみる。
 すると、今度は彼女の前にあるドアから投げつけたゴミは出てこず、代わりに静寂が届けられた。
「ね? この通り一定の確率で、片方のドアへ転送されなかったりするんだ。この調整になかなか手間取っていてね」
「えっと。つまりその、さっき投げた紙はどこに行ったの?」
「分かんない。どっか違うとこに行ったか、微粒子となって消滅したのかも」
 それを聞いた彼女は、私の作った発明品から後退っていく。だから、あまり気が乗らなかったのだ。この段階ではとても危険な品。下手に触られて、行方不明者が出てほしくない。
「まぁ、運が良ければいつでも彼に会えるってことになるから、問題ないでしょう。どうする? 使う?」
「……何となくあなたの言いたいことは読めてきた。確かに問題はない。でも使う気にはなれないなぁ、彼に二度と会えなくなるかもしれないし」
「そうそう。生きていりゃ、また会う機会もあるさ。もしかしたら急にうまくいって、これ完成するかもしれないし。もったいないことしない方がいいよ」
「はーい、分かりました。なかなか人生はうまくいかないものよね」
「そだね。私も開発がうまくいかない」
「うまくいく日まで努力。そして我慢しろってね」
「分かったなら、いつもの自分取り戻しなさいな」
「はーい」
 励ましてくれてありがとねと、元気にお礼を言った彼女はふらふらと実験室から出て行った。私はこのドアを保管庫にしまい、開発室の方へ戻ると、ベッドで横たわる子猫が一人。突然来た眠気に耐え切れずに寝てしまったとみた。単純思考のやつは解決が早く済んで助かりますな。
 私も彼女の隣で横になり、眠ることにする。まだまだこいつには親友である私がいないと駄目だなと改めて思い、クスクスと笑いがこみ上げてくるのであった。

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