ほわいとあっぷる 【SS】灰人 忍者ブログ

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【SS】灰人

 価値を無くした人生の中、唯一残った俺の娯楽といえば煙草を吸うことだけだった。

 書店でのバイトを終えた俺は、ジーンズの右ポケットから取り出した百円ライターで火をつけ、咥えている煙草に火を近づける。息を吸い込むと先端がみるみるうちに灰になり、煙が体内へ潜り込む。肺に快楽が行き渡り、その煙をゆっくりと吐き出していく。初めのうちは肺に煙を送る感覚が掴めなかったが、何本か吸う内に肺に回る煙が心地の良いものだと感じるようになった。その頃にはもう、俺は煙草無しでは生きられない身体になっていたのだが、吸うのを止めたいとはこれっぽっちも思わなかった。

 煙草の先端から出る煙は、茜色に染まった夕空にゆらりゆらりと揺れながらのぼっていく。もし今、願いが叶うのならば俺もこんな気ままな煙になって、この空に消えていきたいと思う。この煙が彼女の元に連れて行くような、そんな気がしてならなかった。

 いつも通りの喧嘩で終わるはずだった。……あの頃はまだ、俺はとある保険会社の正社員として懸命に営業をこなしていた。彼女は俺と同い年で、比較的おとなしめな子。上司から誘われた講演会へ参加した際に出会った。隣の席にいた彼女と互いの自己紹介を交わした際、俺が一目惚れしてしまったんだ。会話をしていく内に魅力的な彼女に惹かれていき、その後もこちらからアプローチをかけて、ついには付き合うことになった。

 だが、それからというもの彼女とはしょっちゅう些細なことで衝突することになる。原因は大抵、俺の仕事が忙しいという理由で、なかなか彼女に連絡を入れなかったこと。ノルマに対し契約が取れず、仕事に必死になっていた。彼女も同様に仕事で疲れていて、それでも構ってやれなかったからか、耐え切れずに泣き叫ぶようになる。あの時もそうだった。互いに頑張っていこうって、優しく声をかけてあげれば良かっただけなのに、俺は自身の不満を相手にぶつけてしまったのだ。いつも通りの喧嘩だった。時が経てば、また元通りになるかと思っていた。でも、彼女は――。

「げほっ」

 いつの間にか流れだした涙で、むせてしまっていた。口から煙草を離し、深呼吸する。西へ向かって沈む太陽をじっと見つめた。冬の街に鳴り響くクリスマスソングが俺の胸を締め付ける。もう彼女はいない。マンションから飛び降りて即死だったと彼女の父親から聞いた時、どうしようもない絶望が俺の身体を侵食していったのを昨日のことのように覚えている。遺書にはただ一言「幸せになってください」とだけ震えた文字で書かれていて、気付けば父親にずっと謝罪し続けていた。

 彼女の両親からも君とは二度と会いたくないと告げられ、それ以来関わっていない。彼女の母親が電話越しで嗚咽混じりに会話した時のことは、一生忘れられないと思う。その時に俺は彼女との喧嘩のことも、自身の気持ちも、彼女のSOSに気づいてあげられなかったことも、全て後悔していると謝り続けた。謝ったところで彼女は戻ってこないと思うと、自分の無力さがどうしようもなく許せなかったんだ。

 それからというもの俺は仕事を辞め、家の近くで募集していたバイトをしつつ煙草を味わう日々が日常となった。死ぬ勇気も無く、かつ生きる気力も無く、屍のように毎日を過ごす。この姿を見た彼女はどんな反応をするのだろう。ざまあみろとあざ笑うのだろうか、ごめんなさいと泣きじゃくるのだろうか。もし人生をやり直せるとしたら、また彼女を愛して今度こそ幸せにしてやりたいとか、そんな都合の良いことを思っている。

「分かっている。俺はどうかしているんだ」

 焦げて短くなった煙草を靴先でにじり潰し、また一本煙草を箱から取り出して火をつける。

 俺は毒を吐いて生きていた。いつかこの身体が蝕まれ、煙草の先端から漂う煙の行き先へ迎えるように願いながら、この屑野郎は生き続けている。

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