ほわいとあっぷる 【SS】忘失 忍者ブログ

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【SS】忘失

 多くの偽物がそこに充満していた。


 人は多くを語るにも、沈黙してやり過ごそうにも、誰かに忌み嫌われる。


 それでも自身に嘘をついて関係を望み、手と手を繋ぎ合わせていく。


 偽善に満ちた恋も、腐れた愛も、汚いものを全て心の中に抑えて、見せかけの芝居に興じている。


 覚りの目は、それを全て見透かしていた。


 それ故に私達――姉妹に誰も寄り付こうとはしなかった。



 外から帰宅したこいしは、とても疲れきっていた。


 心の瞳が閉じてゆく。もう何も見えなくなっている様子だった。


「こいし?」


 私は妹の異変に気付いて、彼女の元へ近寄る。


 するとこいしは両腕で膝を抱えて、深くふさぎこんでしまった。


「……お姉ちゃん。何だかとても眠いの」


 偽物が彼女を蝕んでいた。人の話すことは都合が良くて、心の中を覗くと落ち込んでしまうことばかり。その瞳で見たものを、こいしは拒んでいた。


「大丈夫よ。全部忘れてしまいなさい」


 記憶の海を彷徨っている妹を、私はそっと抱きしめた。


 こいしの帽子をそっと手に取ると、優しく頭を撫でる。まるで赤ん坊をあやすように。


「……私もこうなるべきだったのかしらね」


 彼女は記憶の海で夢を見る。


 偽物を失って、全てを写し出し。


 嘘を無くして、真実と向き合う。


 恋に焦がれて、心は焦がれて。


 愛にまみれて、感情が沈んでゆく。


「ごめんなさい。お姉ちゃん……あなたのことがもう分からないの」


 やがて悪い夢から覚めたこいしに私は帽子を返すと、するすると両腕から離れていった。


 もうあなたには、私の心は聞こえないのでしょうね。


 私はそんな風に、去ってゆく妹の背中を見て、切なく思った。

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