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多くの偽物がそこに充満していた。
人は多くを語るにも、沈黙してやり過ごそうにも、誰かに忌み嫌われる。
それでも自身に嘘をついて関係を望み、手と手を繋ぎ合わせていく。
偽善に満ちた恋も、腐れた愛も、汚いものを全て心の中に抑えて、見せかけの芝居に興じている。
覚りの目は、それを全て見透かしていた。
それ故に私達――姉妹に誰も寄り付こうとはしなかった。
外から帰宅したこいしは、とても疲れきっていた。
心の瞳が閉じてゆく。もう何も見えなくなっている様子だった。
「こいし?」
私は妹の異変に気付いて、彼女の元へ近寄る。
するとこいしは両腕で膝を抱えて、深くふさぎこんでしまった。
「……お姉ちゃん。何だかとても眠いの」
偽物が彼女を蝕んでいた。人の話すことは都合が良くて、心の中を覗くと落ち込んでしまうことばかり。その瞳で見たものを、こいしは拒んでいた。
「大丈夫よ。全部忘れてしまいなさい」
記憶の海を彷徨っている妹を、私はそっと抱きしめた。
こいしの帽子をそっと手に取ると、優しく頭を撫でる。まるで赤ん坊をあやすように。
「……私もこうなるべきだったのかしらね」
彼女は記憶の海で夢を見る。
偽物を失って、全てを写し出し。
嘘を無くして、真実と向き合う。
恋に焦がれて、心は焦がれて。
愛にまみれて、感情が沈んでゆく。
「ごめんなさい。お姉ちゃん……あなたのことがもう分からないの」
やがて悪い夢から覚めたこいしに私は帽子を返すと、するすると両腕から離れていった。
もうあなたには、私の心は聞こえないのでしょうね。
私はそんな風に、去ってゆく妹の背中を見て、切なく思った。
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