ほわいとあっぷる 【ボツ】スクランブルの死線 その2 忍者ブログ

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【ボツ】スクランブルの死線 その2

そんでもって、図書室の休憩室。
テーブルと棚があり、先生の私物と璃奏が勝手に持ち込んでいるPCがテーブルの上に置かれている。棚にはガスコンロとポット、湯飲みとティーカップが置かれていた。
後はミネラルウォーターやら、お茶と紅茶パック、そしてお菓子などなど、図書室の休憩室とは思えない充実っぷりである。流石にテレビや冷蔵庫は無いみたいだが。
と言うものの、最初から休憩室がこのように充実していた訳ではなく、押し殺すように怜先生を捻じ伏せたこの女、璃奏のせいである。
彼女の異常性の解説は後ほど説明するとして、璃奏自身が何者なのか、詳細を語ることにしよう。
僕と同年代の高校一年生。中学一年生の時に僕は彼女と出会い、現在までこうやって仲良しこよしの喧嘩をしあって付き合っている。
つまり、僕の嫁と言ったらいいのだろうか。何とも歪んだ付き合い方をしているものだが、僕自身は満足しているので問題は無いだろう。最近では、胸部の膨らみが豊かになってきて、将来が楽しみだったりする。
そんなことをこの前彼女を褒めるようにして話したら、国語辞典をむんずと掴み、オーバースローで僕の方に目掛けて投球させてきた。グワー。運悪く、その国語辞典の角が僕の頭に激突したので、もう言わないでおくことに決めた。痛いのは御免だ……慣れてないし。恥ずかしそうに顔を赤らめた彼女は可愛かった、が、僕の頭を血で赤らめても何のいいこともない。困ったことにプラマイ0ってやつだね。本当に困った。
……悪い。少し昔話に夢中になってしまったな。ちょっと話が左に逸れたので、右に逸らして元の道に回帰させようか。
そんな璃奏は、残念ながら僕と同じクラスではなく、普通科の生徒だ。
それにしてはいつでも図書室にいないかってくらい、どんな休み時間でも休憩室でくつろいでいたりするが、頭は本当に言い見たいなので、授業に対してサボりなどはしたことないだろう。あ、でも体育はサボってそうだな。
だから僕は毎回、図書室に行っては、彼女と会話をしたりしている。まぁ、僕は璃奏が好きだからね。趣味悪いと沢山の友人に言われたりしたが、お構い無しだ。愛しているのだから。
最後に、彼女のビジュアル面でもじっくりと嫌らしく眺めておこうか。
彼女は極めて目立つ服装をしている訳ではないのだが、とにかく黒い。いや、肌は白くて綺麗なのだが、何より黒い制服に黒いニーソックス、そして黒いロングヘヤー。姿が影のように真っ黒なのだ。目立たない為にこんな服装にしていると彼女自身が語ってくれたが、やっぱり逆効果だよなぁとか思ってしまう自分がいる。
そして彼女の表情はというと、美人と言ったらいいのだろうか。僕の好みにもよるのだろうが、決して悪くはない。
ただ、いつも彼女は冷たい表情をしている。初見で彼女と目を合わせたものは、間違いなく鳥肌が立つだろう。それほどまでに、彼女の表情は凍えきっているのだ。
実際、僕が彼女と初めて出会った時は驚いたものである――この世に、こんな人間が存在してもいいものなのだろうかと思ったほどだ。人のことを言えないかもしれないけど。ま、ちょっと大げさに言い過ぎたかな。
容姿がいいだけに、そこだけが少し残念というべきだろうか。僕以外……いや、怜先生も該当するか。僕と怜先生以外の人間には、微笑んだり落ち込んだりといった表情を見せたことが滅多にないものだという。人間関係を築き上げるのが圧倒的に苦手なんだろうな、この様子だと。
さて、彼女を自慢する……というよりも、評価するのはここまでとしよう。
現在の状況からして、僕はこの休憩室でお母様が作ってくれた弁当箱を広げ、次々と食物を口に放り入れている。ちょー、うまー。
「でさ、あの先生信じられないことに前髪切れとかいってきてさー。せっかく綺麗に伸ばした髪を切れとか、デリカシーの欠片もないのよね。腹立っちゃうよ」
その間、こんな風に僕に愚痴を言い回すのが大体日課になっている。それも毎日。聞かされている身にもなってもらいたいものだよなぁ、頼られているって思うとニヤついてしまうけれども。
何でだろうな。いつの間にかこんな風になっていたってのは覚えてるけど。ま、彼女、友達少ないものだから、僕にしかこうやって話す機会がないのだろう。
「そのまま殺しちゃおうかなとか、はやまってしまうところだった」
「君が言うと冗談に聞こえないから、止めてくれ……」
「そこまで馬鹿じゃないから大丈夫よ。馬鹿」
いやでも、君。実際何人か殺してるじゃないか。僕と出会ってからは自重しているせいなのか、殺している様子は無さそうだけど。話も聞かなくなったし。頼むから飯食ってる時にそんな話をして欲しくないものだけれども。
とか思ってみたりするけど、流石にそんな発言をしたら、何か飛んで来そうで怖いので控えておく。
「ただ、確かに君は髪伸びすぎだとは思うよ。左目が覆い被さるのはあれの処置として仕方ないけど、後ろ髪くらいどうにかならないのか?」
「むぅ……そうか。あんたは先生の味方になるって訳か……」
「僕はいつでも君を愛しているよ」
「死んでしまえ。あんた大ッ嫌い。殺すぞ」
怖い怖い。ニヤニヤしてしまう程、怖い怖い。怖いの部分を反対語で変換することをお勧め致します。
母特性の、厚焼き玉子を箸で掴んで口に運ぶ。ん、ちょっとしょっぱい。
しかしながら、僕は相変わらずこいつにベタ惚れ気味なんだな。これはもう切っても離せない存在というか何というか。もし彼女が死んだ時は、僕も死ぬことにしよう。うん、そうしよう。
「というかさ。何で先生達は髪伸ばしてよくて、私達は伸ばしちゃいけないのって話よね。そんなテレビから出てくるを止めたい気持ちは分かるけどさ」
「そんなホラーチックな理由で規制している訳じゃないと思うぞ」
「にっひっひっ。貞子が現実のものだとしたら、ありえる話ではあるのにねー」
魔女みたいな含み笑いをする璃奏は、妙に楽しそうだ。
……実際の話、貞子なんかより璃奏の方がよっぽど怖いだろうけど。
「ま、マジな話。どうせ学園の威厳を取るために、私達に外面良い子ちゃんに刺せようとか思っちゃってるんでしょ。学生を商売道具にするなんて、本当に学校というものはいけ好かないわ。生徒を増やすためとはいい、あくどい。本当にあくどい」
ぶっきらぼうに暴言を吐く彼女、何でそんなに自慢気そうなのだろうか。
それにしても、これもまた滅茶苦茶な言い様だな……。少なくとも、そんな思いで先生になろうと思った人はいないだろう。学生を商売道具にしているのは分からないでもないが。
仕方ないだろう、僕らは今弱い立場であるのだから。大人になり、知識を蓄えたら、そういう立場に立つことも無きにしも非ずってやつだ。
うし、ご馳走様でしたっと。
弁当箱を片付け、一息ついたところで飲み物でも買いに行こうと、僕は席を立った。
一応、後から勝手に出て行ったことを愚痴られても困るので、璃奏に行き先をいっておくことにするか……。
「ちょっと、自販機行ってくるわ」
「自販機……? ここで紅茶注いで貰えばいいじゃない。先生に」
何でもかんでも先生に頼むなよ……。でも、確かにここに紅茶とかはお茶はあるんだっけか。
んー、でもコーヒーが無いってのがなぁ。ブラックコーヒーが好きなんだよ僕は。渋い系で運行しているのだよ。
と言う訳で、彼女の案はパスするとしよう。
「いや、今コーヒー飲みたい気分なんだよ。ここにないだろう、そんなもの」
「当たり前じゃない。何であんな溝水に使ったようなダークマターみたいなものをこんな所におく必要性があるのよ。人間が飲む飲み物じゃないわよあれは」
「酷い言いようだな……それが僕の好きな飲み物だって分かっている癖にさ」
「あんたが好きだか嫌いだか知ったこと無いわよ。ここは私の部屋よ」
「怜先生の部屋だよ!」
思わず、机をドンと叩いて発言を強調する。何勝手に生徒が先生の場所を乗っ取ろうとしてるんだよ。
「大体、紅茶のどこがいいんだよ。正直、尿みたいで飲む気がしながッ」
本が僕の鼻に飛来し、見事に角を直撃した。
何で毎回角をぶつけられるのかが不思議で堪らない。マジで痛い、くそう。
「何か言った……? 何か言った……? えへへっ?」
えへへじゃねぇーよ、えへへじゃ。僕の鼻から血がナイアガラの滝状態だよ。
じとーっとこちらを見つめる璃奏の片手にあるのは、やっぱり分厚そうな本。
二発目も充電完了済みでありますか、璃奏さん。わーお、流石ですね。
んー、でもここで下手に言い返して、痛い目を見るのも嫌だな。

「紅茶は尿みたいで嫌だって言ってるんだよ」

――ま、そんなの関係ないや。ハハハ! 僕は自分の意思へと正直に突っ走る!
だって本音なんだも……。
「何で二度も同じ発言をしようとするから、あんたってやつはさぁぁぁあああああ!!」
璃奏様が! 立ち上がった!
璃奏様、第一球、投げました!
あぶねぇ! また! 飛ばしてきた! だが! 予測済み! ナイスキャッチ!
危機を察したのか良く分からないが、断片的な記憶で実況を行った。もちろん僕の心の中でだけだが。
璃奏から放たれた本の弾丸は綺麗な軌道を描いたものの、残念ながら見事両手で受け止めることに成功してしまった。僕にとっては残念でも何でもないんだが。
「本は大切にしろぉ!」
「いいじゃない、私のものじゃないんだし。いざって時は、弁償するわよ」
僕は彼女を叱りつけたものの、反省の色は何一つ見られない。流石なんだからなぁ……。
本をぶつけられなかった璃奏は、もう本の残数が無いのか、不満足そうに椅子の背もたれに寄りかかって天井に顔を向けて、あぁーって呻いている。何か地味にエロイ。右足を椅子の上に乗せちゃったりして、スカートの中身が、男のロマンが見えそう。黒いいな、黒だと。
だが、ダラダラと流れる鼻血は、地面にポタポタと垂らすしか無かったのである。ちゃんと床を拭いてから行くか……。
とりあえず、部屋に置かれているティッシュを何枚か掴み取り、数枚は鼻に詰め込んで、残りで地面に垂れた血を拭き取った。
うっし、綺麗になったな。僕のビジュアルは鼻に詰めたティッシュにより、崩れて汚れたものだが。
「後、ついでにその二冊。読み終わったから怜ちゃんに返しておいてね。後、レインブラッド三巻を持って来てね」
不満そうだった璃奏が僕にそんな命令を発令し、渋々本の返却&貸し出しに行くことになってしまった。使用人じゃないはずなんだけどね。
多分最初からそのつもりだったんだな。ちゃんと手渡しで「お願いします、旦那様」ってお願いしてくれたらいいのに。あぁ、鼻血がまたナイアガラみたいにうぐぐぐぐぐ。
そんな訳で、さっき鼻にぶつかって地面に落ちた本と、両手でキャッチした本を二冊、怜先生の元に持っていくことにする。
はっはっは、僕はどこまでお人よしなんだろうね。

~@~

「どうせ、どうせ私は……先生失格です、よ……ううっ……」
「あ、あの怜先生」
「でも、ここまで頑張ってきたんです。色んな先生達に支えられて……怒られて……頑張って……」
僕が璃奏の返却本を持って休憩室から出ると、そこにはカウンターで突っぷして泣いている怜先生の姿があった。
今まで一人で泣いていたのだろうか。まったく、あいつは怜先生に対して物みたいな扱いしているのだから。今度注意しておくか、多分効果はないだろうが。
「怜先生、大丈夫ですか? 怜せんせぇーい?」
「大丈夫そうに見えますか! これが!」
がばっと、こっちに涙をダラダラと流しながら振り向く怜先生。
もう何か、色々とぐしゃぐしゃになっている。眼鏡とか髪とか。
しかし、これは相当精神参ってるんだな。うむ、どうしたものやら。
「だい、じょうぶでは、なさそうですね」
「うあぁっ! もう、奏真君しか分かってくれないよ私の気持ちうわぁぁぁああぁぁっ!」
怜先生は両手をがばって広げてってって、うおおぅっ、抱きついてきたっ!
涙で顔をぐしょぐしょにして、僕の腰に両腕を入れ込んできたんですけどぉ。顔を僕の胸に押し付けているんですけどぉ。ボインが当たっているんですけどぉ!
いやいや待て待て、こんな所誰かに見られたらたまったものじゃない。
一応、怜先生の声を聞いてこちらに来る人がいない辺り、誰もいないみたいだが……そろそろ皆、昼食を終えて昼休みに入る頃だ。
万が一に備えて、この状況を打破せねばならない。うん。頑張れ、僕。
「あの、怜先生。お言葉ですが、このような状況を他の生徒に見られたら……」
「うわぁぁぁあああ、奏真君何でそんなに優しいのよぉぉぉおおお!」
「あの……聞いてます? 怜先生、生徒と先生がこんなことしてたら……」
「うわぁぁぁあああ、奏真君大好きだよぉぉぉおおお!」
「人の話を聞けよ! 聞いてくださいよ! スイッチ入ると僕の話なんで聞いてくれないんですか!」
駄目だ。先生がいうこと聞いてくれない。若いとはいえ、先生とあろうものがこの甘えん坊……うぉ、何か涙と鼻水で僕の制服がえらいことになってる。
うーむ。生徒達も優しくしてやれば、怜先生の違う魅力が見えるというのになぁ。
それにしても、何やっても離れそうに無いな。璃奏が一喝入れてくれたら怜先生も怯えて離れてくれるんだろうけど、あんまりにもそれは可哀想だ。それに今、あいつ何だか動きたくなさそうだったし。
はぁっと、溜息をついて顔をあげた。生徒が立っていた。
…………。
…………。
……ん?
顔を下げてみる。怜先生が僕に抱きついて泣きすがっている。
顔を上げてみる。生徒が興味津々でこっちを見ている。
あれ、何でそこにいるんだ。あいつ。
「何やってるのさ、奏君……」
うん、そうだ。こいつは僕の友達で、うん。
え、てか、何でこんな時にお前はここにいるんだ……?
今、目の前にいるこのおっとりと苦笑いをしている生徒は、冥太という名前の男。
僕のクラスメイトであり、中学からの友達でもある。普段は教室で昼食を食べているらしいが、何故彼が今こんな状況にここにいるんだ。タイミングおかしいだろう、足音すらなかったぞ。
あはっあははは……、と苦笑いしながら徐々に図書館の出口へと冥太は後ずさりしていく。待て、逃げるな、僕の名誉の為にも頼む、行かないでくれ。
「はは、奏君……僕に内緒でこんな、あの子が好きだって言っててこれって、嘘だったんだね、あはっあははっはははは……」
「まて、冥太。落ち着け。これは違う、僕が愛しているのは璃奏だけだ。早まるな、頼む行かないでくれって」
「だってそんな、図書の先生とくっついちゃって、どう考えてもこれおかしいよ。僕、見なかったことにするから。見なかったことにするから、うん。でも、なんだろう。失望、しちゃったかな、僕、奏君のこと信じてたからさ。真っ直ぐで、かっこよくて、好きな人を守れるそんな奏君を――」
「だから待てっつってんだろう! 僕がそんな不埒な真似する訳ないじゃないか! なぁ、怜先生。何とか彼に無実の言葉を投げつけてやってくださいよ!」
助け舟を怜先生に出した所で、腰に手をかけていた先生が、今度は首に回して抱きついてきた。ちょっと怜先生わざと何ですか、話聞こえてないんですか。
完全に僕に身体を預けるようにして泣く怜先生。顔とボインを、僕の胸に当てつけてきて、ヤバイ。誘惑と絶望的の二重の意味でやばい。
「……じゃあ、僕はもう行くよ」
「待て行くなって行ってるだろう! 話を聞けば分かる! 怜先生、どいて!」
「嫌だあああああああ! 奏真君大好きいいいいいいいいいいいいい!」
アハハハ、相変わらず僕はモテる男のようだ。爆ぜてしまえばいいのにね、本当に。 僕は人に好かれる人間が嫌いなんだ。ま、そんな話をおいておいて。
この泣きすがる怜先生を引き剥がして、冥太をキャッチ&トークしなくてはならないな……。
まったく、手間のかかる人達ばかりなんだな、僕と関係する愉快な仲間達はさ。

~@~

その後、何とかして怜先生を引き剥がし、冥太を引き止めることに成功した僕は、彼を納得させることに数分かかった。
怜先生も正気に戻ってからか御免なさい御免なさいとドンドンカウンター台に頭を打ち付けている。それに対して、誤解に気付いた冥太が彼女に止めてくださいそんなに謝らないで下さいと連呼していた。
その間、僕は璃奏に投げつけられた本をカウンターの上に置き、ブラッドレイン三巻を探しに行く。一巻と二巻も取りに生かされたから覚えているが、二十年以上も前のミステリー作品だったからか、もう隅の方に追いやられていた。良くこんなもの読もうという気になるな……僕は、ライトノベルくらいしか読む気がしないんだが。それもファンタジー作品が大半を占めているし。
お、あったあった。これだ。
そうやって腰を下ろして手に取ったブラッド――違った、レインブラッドだったっけ。あれ、そうだったっけか。記憶違いだった、駄目だなぁ僕は。物覚えが悪いにも程があるだろう。
「奏真も大変だね~。相変わらず彼女の言いなりになっちゃって……」
振り返ると、ニヤニヤしながらこちらを見下しやがる今はやりの可愛い男の子ってやつがいやがったんだよ。少し発言にムッときたから、荒っぽい言い方になってしまった。気分を害してしまった人は悪かった。
「言いなりとは失礼な言い方だな。僕は彼女のことを思っての当然の行動をしたまでなんだよ」
「ふぅん、奏君は相変わらずあの子のことが好きなんだね」
「実はあぁ見えて、脱ぐと凄いからな。あいつ」
「見たの!? 変態!!」
「フフフッ、すげぇボッイィーンなんだぜぇ? 見たこと無いけど」
「変態!!」
いや、だから見たこと無いって。
飽きれながらして、冥太に突っ込んでみたりする。無論、心の中で。
聞き訳がいいのやら、悪いのやら……。人を悪い方へと見る癖は良くないぞ。
棚から埃まみれの本を取り出し、ささっと手で埃を払いのける。
本当にこれ、いつに発売されたものだ? 相当風化して、紙が茶色に染まってきているんだが。あ、表紙カバーが破れてる。
「何? その本」
僕の持っている本を覗くように、冥太は顔を寄せてくる。
見せても別に困ったことはないので、腰を上げて彼に本を渡した。
それを受け取った冥太は、首を傾げて眉をしかめている。君は感情豊かだなぁ、いつ見ても飽きない人ってのは素晴らしいと思う。少なくとも僕はね。
「妙な本を読むんだね、彼女。ボロボロじゃんか、この本」
「いつもそんな本ばかり読んでるんだよな……。こんな本のどこが面白いのやら」
「ライトノベルとかちんけな物読んでいるあんたには分かんないでしょうね」
刺々しい言葉と共に、冥太が持っていた本がひょいっと誰かに奪われた。
本は物陰からすっと現れた璃奏がムッとした表情をしておられる手に収められている。そして彼女、僕を睨みつけているではないですか。わぁお、怖い怖い。
しかし、ライトノベルを愛読している僕にとっては今の発言は聞き逃せないな。
「失礼な。ライトノベルだって、立派な小説としてのカテゴリじゃないか。若い人が小説という活字に興味を持ち出す為に出来た、画期的なものなのだよ」
「知ってる? ライトノベルってのはね、ヤングアダルトと解釈するのよ。思春期の汚らわしい異性交遊やらなんやらと、想像しただけで鳥肌が立つわ」
「ライトノベルじゃなくったって、小説だってそんな描写をしているものだってあるんじゃないか?」
「描写自体は別に構わないのよ。ただ、ライトノベルってやつは進んでそんな話に持ち込もうってのが見え隠れして、気味が悪いのよ。強引過ぎるし、リアリティがあまりにも欠けているじゃない。欠ける分には構わないけど、欠けすぎよ。表紙も女の子ばかりだし……そうそう、それもよ。何でそんなに女の子ばかりを前面プッシュしてるの? そんなことしないと読者がついてこれないから? 違うわ、読者はいつだって中身のクオリティを求めているはずよ。そんな絵や性的描写、女なんかで人気を取ろうとするカテゴリなんて、小説家として恥じるべきだわ」
ペチャクチャと自分がライトノベルが嫌いだという理由をアピールする彼女は、愚痴を吐き出せてすっきりしたようだ。ふぅっと、息を吐き出すと、近くにあった椅子を引いて、どさっと腰を下ろした。
何て我侭な人なんだ。自分の都合の良いもの意外は受け入れないと言っているものじゃないか。多少なりは間違ってないのが、何とも言えないけど。いやでも、ライトノベルも千差万別だから色んなものがあるはずだけどね。
彼女はまだライトノベルの素晴らしさを知らないんだ。きっと。同い年なのに、この良さが分からないのはあまりにも哀しくないだろうか。
「ま、そんなことはどうでもいいとして、奏真」どうでもいいのかよ。
チラッと璃奏が冥太に視線を向けた。
怖かったのだろうか、ビクっと震えて冥太の身体が硬直した。
「こいつ、誰よ? あんたが良く人に好かれているとは言え、仲良いみたいじゃない」
あれ。そういや、璃奏は冥太にあったことないんだっけ。
確かに冥太自体が昼休みに、自主的にここへ来るのは初めてはあるが。てか、冥太何の用事で図書室に来たのだろうか。前、話していた限りだと、璃奏が怖いから行きたくないという本能的な恐怖によるものだったことは覚えているのだが。
ま、それは後で聞くことにしよう。今は彼を璃奏に紹介するのが先かな。
「ほら、たまにお前にも話したりするだろう。僕の友達の、冥太って名前の子だよ」
「――あぁ。あんたが散々可愛らしいと称する男ね」
おいこら待て。本人がいる前でそのこと言うなって、話しただろう。
あ、鼻でクスクス笑ってやがる。わざとだなコイツ。
「そ、奏君。僕をそんな目で……」
「いや、まぁ、可愛いってのは元々言われてるだろう君は」
「可愛くないって! 可愛くないって! 奏君の馬鹿!」
「でも、本当に可愛くて愛してるのは、璃奏だけどね」
「死ね。いいから、本棚に埋もれて死ね」
何でこんなに僕はディスられているんだ……? 本気で嫌われている様子はないようだから、全然痛くないけど。
しかし、僕はこんなに可愛らしい二人に囲まれて幸せなものだ。他人にも分けてやりたいくらい。絶対渡さないけど。
「ふんっ。しかし、この子がねぇ……」
ジロジロと眼球をくまなく動かして、冥太をジロジロと観察する璃奏。
後には引けないと覚悟しているのだろうか。冥太は抵抗することもなく、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。
フフフ、見ていてとても笑みが零れてくる構図であるな。まるで絵で描いたかのような、女王様と下僕。このまま冥太は彼女の言いなりになって――ここから先は僕の想像の中でお楽しみってことにしておこう。ウフフ。
「確かに、あんたが言うことだけあるわね」
璃奏がニヤっと笑みを溢したかと思うと、机から腰を下ろし、冥太の傍に近寄った。
冥太と並ぶと、彼女が異常なまでに一般人と格好がおかしいと思える。影よりも漆黒に染まった姿はとても魅惑的であり、慄然(りつぜん)的でもあった。
こう改めて誰かと比べて見ると、本当に璃奏って見た目からして異界人のような人物なんだなってのが分かる。
ま、ある意味異界人ではあるのかも知れないのだけれども。
「で、あんた。今流行の男の娘ってやつなのかしら。あ、子じゃなくて娘って書いて男の娘ね」
璃奏はニヤニヤしながら、どこから覚えてきたのか知らない用語を使って、冥太に言い寄る。
とんでもないこと言い出したんですけど、何言ってるんですかお嬢様。どこで覚えてきたんだその用語。ライトノベル嫌いな癖によくもまぁ、そんな言葉使おうという気になれたものだ。
「え、いや、えぇぇ……?」
「本当に男らしくないわねぇ。もっとシャキっとしなさいよ。そんなんだったら、モテるものもモテないわよ。あんたみたいなやつがタイプだって人もいるんだから」
「だ、僕は男らしくって、うえぇぇ?」
「怯えてるんじゃないわよ。ちょっと言い寄られたぐらいで、情けない。真っ直ぐ生きなさい。彼女作りたければね。女の子守るくらいしっかりしないと、寄って来るものも寄ってこないわよ~」
そんな上から目線の言葉を冥太に浴びせるだけ浴びせて、僕達に背を向けて歩き出した。
ふむ。彼女がここまで人に助言を言い渡すなんて珍しい。僕の友達というのもあったからなのだろうか。随分と厳しく優しい言葉を投げかけたものだ。まぁ、いつも通り相手の意思なんて関係無しの一方通行なんだけどね。
「あ。後、そこの馬鹿」
璃奏が思い出したかのように、黒い髪を揺らしながら振り返って、僕に指を刺した。
お前も馬鹿呼ばわりかよ。もう馬鹿になろうかな僕。
「今度からもっと早く本を持ってきなさいよね。わざわざ私が出てくる羽目になったじゃないの」
ムカつくぐらいに我侭な台詞を吐いて、今度こそカウンター奥の休憩室に帰っていった。休憩室ってか、彼女の根城って言った方が分かりやすいのかもな。
しかし、話が夢中で本を持っていくのが遅れたのは悪かったかもしれない。頼まれた仕事を引き受けたからには、しっかりこなさないといけないだろうに。そこは僕が謝るべき反省点ってところか。御免よ、璃奏。
「何か、案外普通な人だったね……彼女……」
冥太が彼女の呪縛から解き放たれ、僕に対して声をかけてきた。
さっきまでの緊張している彼はそこにはおらず、今は安堵の様子を見せている。
うーん、あれを見て普通って思える君が凄いというか、何というか。
「数年前に一度だけ彼女を見たんだけど、あの時よりは別段と怖くなくなっているんだね……普通に会話出来たし」
「数年前って言うと、中学一年の話か?」
「うん、その時に一度だけ。本音を言うと、怖くてもう二度と会いたくなかったんだけどね」
あー、なるほど。中学一年、ねぇ。
確かにあの頃の彼女は、もっともハッスルしていた時期だ。そりゃー、人類崩壊まで後三秒みたいな。当時の璃奏を見たものはそんな印象が残るだろう。
彼女は中学一年までは、本当に図書室に引きこもっていた困った生徒だったらしい。今でも困った生徒だけど、それより何倍も迷惑なやつだった。
僕と出会ってからは運命が変わったのだろうか。今ではしっかりと授業も受けるようになったし、人とのコミュニケーションも取り易くなっている。我侭であるのだが、話の通じなかったあの時よりは全然マシだろう。
冥太もその印象が根深く残っていた人物の一人だったというわけか。なら、あんなにも図書室に来たくなかった理由も分かる。
――あ、そうだ。それで思い出した。彼に聞きたいことがあるんだ。
「そういや冥太。何で、急にまた図書室に来たんだ? あんなにも嫌がってたのに」
「あ。えっと、ちょっとね。急に調べなくちゃいけないものがあって来たんだよ。うん、そうなんだよ」
アハハっと無理やり笑う冥太。どう見ても何か誤魔化そうとしている様にしか思えない。
何かそんな変な調べものだったのだろうか。こいつのことだからゲームのことくらいしか思いつかないけど、図書室にゲーム攻略本とか無いもんな。
説明しておくと、冥太君はゲームが大好きなのです。僕が彼と友達になったのもそんな話題からだったからね。はい、説明終わり。
「んじゃ、一緒にコーヒー買いに行かないか? ちょっと飲みたい気分なんだよ」
「ぁー……。御免。もうちょっと調べたいから、今は遠慮して置くよ」
「ん? そうか。まぁ、何か急な用事らしいから無茶は言わないけどな」
「御免ね、色々忙しくてさ……」
「いいって。んじゃ、僕は買いに行ってくるよ。お嬢様の使命も終えたことだし」
じゃあな、と冥太に告げて、僕は図書室の出口へと足を向けた。
さて、ブラックコーヒーまだあるかな。ってか、あんまり売り上げないみたいだから売り切れてるとこ見たこと無いけど。
「あ! 奏君!」
おっとっと。
冥太が僕に呼びかけてきたので、彼の方へ再び身体を向ける。
何かもじもじしてこっちを見つめているが……本当に男なんだろうかと疑う美少年っぷりだな。くそう。
ま、中学の時に修学旅行へ行った時に、色々と確認済みだから、性別詐称はないのだが。何を言っているのだ、僕。
「どうした?」
呼びかけてみるが、やっぱり返事は無い。早くコーヒー飲みたいのだが。
しかし彼を放っておく訳にもいかないだろう。早くコーヒー飲みたいけど。
あまりにも返答が遅いので、悪戯心で少し歩を進めてみたが、「待って!」っと言われて動きを静止された。早くコーヒー飲みたいんですけど。
……僕ってコーヒー中毒者なのかなぁ。ちょっと抑えよう。今日は飲むけど。
「あ、あのさ。奏君」
やっと口を開いた彼は、綺麗な眼差しでこっちを見つめていた。まるで告白されるかのような。
おいおい。僕は男に興味は無いぞ。まぁ、冥太に言われるのならちょっと嬉しくはあるのだが、僕には璃奏という彼女がいてだな……。
「やっぱ、璃奏さんのこと。愛してるの?」
冥太が呟いた言葉は、今まさに僕が頭の中で話題に取り上げようとした人物だった。
璃奏のことが気になるのだろうか。一目惚れでもしたのか?
いや、深くは考えないようにしよう。自分の為でもあり、彼の為でもある。
ま、これに関する解答なんて決まって一つだ。はっきりと申し上げておこう。
「愛しているよ。この世で一番、僕には無くてはならない大切な人だと思っている」
「例え何があっても、奏君は彼女を守る?」
「そりゃ守るさ。喧嘩売られようが、嵐が吹こうが、溶岩が吹き出ようが、ウイルスで町中の人々がゾンビ化しようが、僕は彼女を守り通してみせるさ」
「英雄の奏君がそういうのなら、そうなんだろうね……」
英雄、か。
甚だしいほど臭い印象がついてしまったものだ。
そのせいで、数年前からどんだけ苦労しているのかも知らないだろうに。
僕が彼女を好きになるだけで、相当のバッシングを受けている。そりゃ、酷いものさ。一番酷かったのが、女の子がこっちにナイフ向けて来た時。あれは本当に驚いたものだった。まさか僕がそんな目に会うとはね。
だが、僕は彼女を愛している。それだけは変わりようのない鋼鉄のように固い決意であるんだ。
くっさい台詞だねぇ。ま、僕が守らずとも、彼女は今まで自分を守り続けて生きてきた人間なんだけれども。
「そっか……。ありがとう。じゃあ、いってらっしゃい」
「おう、行ってくるよ」
僕は冥太と会話を交わし終え、念願のコーヒーを買いに行くことにした。
綺麗に並べられた机の横を通り、図書室の出口へと向かう。
その途中でカウンターにいる怜先生が、僕を見てニヤニヤと微笑んでいた。
……何か妙に気になるな。
「どうしました、怜先生」
「いや~、べっつに~? ただ、奏真君って本当に色んな人に愛されてるんだな~って思っただけっ」
愛されているって言わないで下さいよ。だからそっちの趣味ありませんって。
――てか、もしかして怜先生もその内の一人なんだろうか。
勘弁してくださいよ。もう女の子にナイフ向けられるのは、懲り懲りなんですから。
そんなトラウマの愚痴を溢す。勿論、頭の中でだけど。

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