ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その14 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その14

 待ち焦がれていた彩月からの連絡。いざ、メールが来ると首を締め上げられている気分になる。彩月のメールに対して会うことは大丈夫だと返信したら、矢口さんが迎えに来るようにお願いする、と返ってきた。
 当日。授業後に校門へ向かうと、彼女の言う通り病院まで送迎すると矢口さんがやってきた。何も考えずにうっかり人の車に乗ってしまったが、流石に家に帰れない事態にはならないだろうと深く考えないことにした。丁寧な運転で車内だと言うことを忘れてしまいそうなほど、揺れを感じられなかった。
 これから彩月に何を言われるのだろうと、車の中で想像する。以前、矢口さんと話したこともあり、クラス中に広まった目の噂は私のせいではないことは気付いていると思う。そうでなくても、ありのまま隠さずに事情を話せば良い。あなたが思っているほど、臆病になる必要はないのだと。
 運転をしている矢口さんから話しかけられることはなかった。敢えて何も助言をしなかったのかもしれない。私自身が正直に気持ちを伝えることで、彩月が安心すると信じていているのだろう。
「着きましたわよ。笹木さん」
 病院へ到着すると、矢口さんが後部座席のドアを慣れた手つきで開けてくれた。病院内へ入り、エントランスから受付を済ませると、看護師から面会者であることを示す紐付の名札を手渡された。それから彼女の病室まで五分ほどだろうか。結構歩いた気がする。不気味なくらい静かな病室は、たまに聞こえる足音と医療器具を運ぶ車輪の音しか聞こえてこない。気味の悪い感覚が身体に纏わりついた気がして、少し怖かった。
「さぁ、嬢さまの病室はあそこです」
 一緒に歩いていた矢口さんが立ち止まって、病室のドアを指差した。
「これ以上目を悪くしないために、照明の明かりは薄暗くなっています。お気をつけて」
「分かりました。矢口さん、ありがとうございます」
 矢口さんは嬢さまをよろしくね、と私に向かってウインクしてみせた。そして、矢口さんは近くの座椅子に目線を移して、そこで休憩していますねと付け加え、私の傍から離れていった。
 よし、やるか。と、私は覚悟を決めるように両手で顔を叩いて、気合を入れる。病室のドアを二回ノックすると、どうぞとかすかに声が返ってきた。ドアを開けると矢口さんの話した通り、病室内は薄いオレンジ色の照明で暗かった。ベッドの周りにはカーテンが仕切られていて、そこに彩月がいると思うと余計足が震えてきた。
「彩月。私だよ」
「理沙ちゃん? もう来たんだ。いらっしゃい」
 久しぶりに彩月の声を聞いて、内側から込み上げてくるものがあった。ゆっくりとカーテンが何度か動いたり止まったりを繰り返して少しずつ開いていく。やがてカーテンの袖を掴んで一生懸命動かそうとしている彩月の姿が見えた。私はその姿を瞬間、息を呑んだ。すぐさま彩月の元まで駆け寄って、代わりにカーテンを開ける。
「御免ね。全然分からなくて……。メールも矢口さんに打ってもらってたの」
 彩月の目には包帯が何重にも巻かれていて、何も見えていない状態となっていた。本当に彼女は自分で目を焼いたんだと、私は改めて認識して身震いを起こした。
「馬鹿だね。その目を嫌ったところで、何かが変わるわけじゃないよ」
「……そう、みたいだね」
 寂しそうに彩月は呟いた。私は彩月を無理させないようにベッドへ寝かせた。彼女の動きは鈍く、あまり身体を動かしていないのではないかと感じた。まだ外に出られるほど回復していないようだ
「理沙ちゃん。御免ね。ずっと連絡しなくて」
「いいんだ。私もずっと相談に乗れなくて御免ね」
 いつものようにえへへ、っと笑ってみせる彩月だったが、私の心はとても傷んでしまった。私はずっと後悔をしていたんだ。彩月がこんなに傷ついていたのに、私は今まで待つことしか出来なかったのかと。本当だったら矢口さんに押しかけて、無理やり面会しに来るべきだったのではないかと、今更になって痛感していた。
「話があってここに呼んだの。私、引っ越すことになるかもしれない」
 突然の彩月からそう告げられ、私は心底驚いてしまった。
「もう、戻ってこないの?」
「私が自分で目を駄目にしてしまいそうになったじゃない? だから、両親が心配してきたの。元々私の我儘で今の学校に入学したんだから、そりゃそうだよね。私もね。噂が流れてしまった以上、この学校でやっていけないんじゃないかなって……。入学する前に、先生達にも赤い目のことは全部黙っていて欲しいって頼んでいたのだけど、もう意味も無いの……」
「そう、なんだ」
 私は戸惑いながら、このまま何も言わずに彼女を行かせたほうが、幸せなんじゃないかと考えていた。彼女ならきっと他のところへ行ったって、うまくやっていける。また誰も彼女が知らないところでやり直すほうがいいのではないか。その目を隠し続けて、普段通り楽しい生活を送る――。
 ……いや、違うだろ。
「行かないで、彩月」
「理沙ちゃん」
「私、あなたと友達でいたいの。一緒にいたい。この先、私はあなたがその目で苦しまないように、本心であなたが好きだと思える人達と一緒になれるように、手助けをしたいの。友達としての役割を果たしたいんだ。勝手なことを言っているかもしれないけど、私はそうしたい」
 私がそう伝えると、彩月は黙ってしまった。これが私の本心だった。私はこの本心が彩月を思っての行動なのか、よく分からなかった。ただ、私がこのまま彩月と別れるのが嫌という、それだけの話だった。今まで愛想良く人と接することしか出来なかった私が、彩月や桃香や矢口さん、そして栗谷さんと色んな人達を関わって変わろうとしている。
 私は彩月に憧れていて、ずっと友達になりたいと思っていたんだ。彩月と本当に仲良くなりたい。私のことを彩月が友達と呼んでくれるまで、そんな立場の人間ではないと思っていた。迷惑になるだけだからって、隠してきた。でも、彼女は赤い目がばれた日に私のことを友達と言ってくれた。私は薄情で自分勝手な人間だ。それでも、初めて誰かのために頑張ってみたいと動き出したんだ。
「彩月。聞いてほしいの。彩月の目についての噂。噂を流した張本人と話してきたの。あなたが思うほど、恐れる必要は無かったんだよ」
 私は栗谷さんから話を聞き出したこと全てを彩月に伝えた。桃香から話を聞いたことも、栗谷さんが謝罪をしていたことも、クラスの皆がずっと知らないふりをして彩月に接してくれていたことも。全て話した。
ずっと彩月は黙って聞いていて、私が話し終わってもしばらく俯いていた。私は何も言わず、彩月の考えが纏まるまで待ち続けていた。静まり返った病室は、私が唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうな気がした。
「そっか。結局、皆は私のことを気にかけてくれていたんだね……」
 彩月が静かに話し出したかと思うと、何故かクスクスと笑い出した。目は包帯で巻かれていて、どんな表情をしているのか伺えないが、口元は綻んでいる様子が見えた。
「確かにそうだよね。ずっと皆知ってたはずなのに、あんなに楽しく学校にいられたんだもん」
「彩月……」
 彩月はふふふって優しい声で笑って、両手の指同士を弄り始めた。
「あのね、理沙ちゃん。私、昔に失明しそうになって治療したことあるって言ったでしょ? あれね、中学にいたクラスの子達のせいなの。私は自分の目が綺麗だって、小学生の頃から皆に言われててね。でも、中学になって面白がって嫌なことを言ってくる子達がいたの。バケモノだ、とか、呪われてしまうぞ、って。私もあの頃はその子達に反抗していて、それが駄目だったんだよね。誰もいなくなった放課後にね、教室に呼び出されたの」
「彩月。いいよ。辛い話なんでしょ」
 私は彩月の話を止めようとした。本当は私がこれ以上聞きたくなかっただけだ。でも、彩月は首を横に振って、やはり口元は笑ったまま私に言った。
「いいの。この話も今日、理沙ちゃんにしたいって思ってたの。知ってほしい」
「彩月……」
「なんだろうね。本当はお別れするための口実にするつもりだったのに、理沙ちゃんに頼りたくなっちゃった」
「……」
「……教室に呼び出された私は、両手両足を拘束されてね。別の子が手鏡を持って、教室の外から差し込む夕日を反射させて、私の目に当ててきたの。今思い出しても、身体が震えてしまうくらい、痛かったし怖かったよ。泣き叫ぼうにも暴れようにも押さえつけられて、目も無理やり指でこじ開けさせられるし、手鏡はずっと私の方に向いているし。相当私が気に食わなかったんだと思う。結局それが原因で、その子達は退学になったんだ。本当にここまで酷くなると思ってなかったのかもね。私の目から血が流れ始めた時に、びっくりしてその子達どこかに行ってしまったんだもの」
 私は目頭に溜まりだした涙が溢れ出ないように堪えていた。彩月を酷い目に合わせた奴らを、同じように酷い目に合わせてやりたいと思った。
「やり直したかったんだよ。全部。知らないところにくれば何かが変わるかもしれないって期待して、頑張りたかった。向こう側に全てあの時の私を置いてきて……えっと、何だろう。そう、普通に女子高生したかった」
 二人でショッピングをした時に、彩月はそう言っていた。過去のことは全部終わらせて、変わろうと必死に食らいついていたんだ。どんなに辛い過去があっても、自分を信じて頑張っていたんだ。
「だからね、今回も同じことになってしまうのなら、目を無くしてしまえばいいんだって思ってしまったんだ。不謹慎なことを言うのだけど、これは初めて失明しかかった時にも思っていたの。こんな目を潰してしまえば、もう何も怖いものは無くなるし、見えなくなるんだって」
「やっぱり、そんな風に思っていたんだ」
 こうして、彩月は自己犠牲を選んだ。相手に強く当たることの出来ない子だから、相手を大切に思いやるようにしていた子だから、彼女は最も誰も傷つかない道を選ぼうとした。目を無くすことによって、クラスの子達に攻撃されないようにしようと考えた。
「でもね。私、馬鹿だよね。今、何も見えなくなった状態だから分かるの」
「何さ」
「相手の表情が分からなくなっちゃうのが、とても寂しいの。今だって、理沙ちゃんのことが何も見えてないの。私に優しく微笑んでくれて、おかしく笑ってくれるあの顔が、今は見えないんだ」
「そりゃそうだよ。馬鹿なこと言ってるんじゃないよ」
「えへへ。ありがとね、理沙ちゃん私のためにこんなにいっぱい頑張ってくれて」
 彩月がその台詞を言った瞬間、私の心が大きく揺さぶった。本能が私に狂ったように話しかけてくる。違う違う違う違う違う違う――ずっと頭の中で流れ続けて、気がおかしくなりそうだ。涙が溢れ出てきて、頬を伝わっていく。本心が叫んでいる。感情の叫びが喉元までやってきて、私はそれに耐え切れなかった。
「違うんだ。彩月。違うの」
「理沙ちゃん?」
「彩月を助けようと私は動いたのだけど、本当はあなたのことを考えてなかったのかもしれない。ずっとずっと自分の中にあるもやもやを消そうと必死になっていた。自分の中にある怒りを無くそうとしてたの。彩月が走って、校内を出て行く時に追いかけなかった自分が憎い。彩月を陥れた奴が憎い。探し当てた犯人も、私の怒りをぶつけるにはあまりにも悪意が無かった。きっと私は……私のためにしか動いてなかったんだ。自分が傷つくのを恐れていたし、本当に彩月のために動こうとしていたのかも分からないんだ。助けようとしている自分を好きになろうとしているだけだったのかもしれない。彩月のことを利用していたのかもしれない。そう考えると……無性に腹が立って仕方ないんだ。私は……私はさぁ、彩月。……本当はあなたに、あなたに一歩も……一歩も、近付こうとしていなかったんだよ……」
 最後は嗚咽混じりで、自分でも何を言っているんだと情けない気持ちになっていた。本当は辛いのは彩月なのに私が泣いてしまって、こんな時にまで私は私のことしか考えていないのかって、そんな惨めな気分になった。
「理沙ちゃん、泣いているの?」
「……違うよ、違うの」
 私は溢れる涙を手で拭っていると、彩月が私の方へ両手を伸ばしてきた。
「手、握ってもいい? 見えないと、不安になっちゃうの」
 私は涙で濡れた手を袖で拭って、右手を差し出した。彩月は両手で私の手を掴んで、ふふふってまた笑っている。
「馬鹿だなぁ、私。こんなに思いやってくれている人がいるのに、何も相談しなかったなんて」
「そんなんじゃないよ、私」
「そんなことないよ。約束、ちゃんと守ってくれたでしょ?」
「約束?」
「目のことを話したら、絶交だかんね――ってね?」
 楽しそうに彩月はそういった。彼女はそれが堪らなく嬉しかったのか、私の手をぶんぶんと揺さぶっていた。そうだ、そうだったね。私はその約束を当たり前のように受け入れていて、忘れてしまっていたよ。この子にとってはとても大事な事だったんだ。
嬉しそうにしている彩月見ていたら、何だか私も笑いがこぼれてきた。彼女の傍にいると本当に心地の良い気分になった。
「そういえば、彩月に聞きたかったことがあるの」
 私は唐突にずっと彩月に聞きたかったことを思い出して、彼女に話しかけた。
「なぁに?」
「私、そろそろ髪を切りたいって思っているんだけど、どう思う?」
「え、駄目だよ! あんな綺麗な長い髪なのに、勿体無いよ!」
 ……こりゃ参った。待つべきだったかな。
「御免。もっと早く聞くべきだったね」
「えっ? えっ?」
 私は自分の頭を挟ませるように彩月の両手を持っていってあげる。すると、彼女は慌てた様子でさわさわと私の髪を撫で始めた。
「うわー! 短くなってるー!」
 私はしばらく泣くほど大笑いしていた。こりゃ本当に参った。待つことも大事なことだったりするんだなって。


 彩月が入院して、三ヶ月。突き刺すような真っ赤な暑い太陽は、月日が経つにつれてぬくい日差しになっていた。通学路にある木々の葉は、黄色から赤みがかっている。
 スカートの下を吹き抜けていく風が冷たい。ソックスを履いたところで、膝上は素足のままなんだ。それはもうブルブルと震えてしまう。何故女子はズボンを履いてはいけないのかと、男子高生を見ながら恨めしそうに思っていた。
「理沙ちゃんおはよう〜」
 大通りの信号が青に変わるのを待っていると、背後から聞き慣れた声がした。桃香だ。
「あ、おはよう。桃香」
「うんうん。おはよう」
 信号が青に変わると、桃香と一緒に信号を渡る。いつもより気分がいいのか、鼻歌交じりで私の横をゆらゆらしながら歩いている。無理もない、私も今日はふわふわとした気分だ。
「なんだか嬉しそうですね?」
 何故嬉しそうなのかは分かりきっているのだけど、私は桃香に話を振った。
「えー。今日は何の日か、あなたも分かっている癖に~」
 桃香も私の気持ちを見透かしていたみたいだ。そりゃ嬉しくもなる。今日は、彩月が学校に戻ってくる日だからだ。彩月からメールで連絡来た日は、すぐに桃香に知らせている自分がいた。彼女も彩月のことを気に入っていたものだから、電話越しで本当に嬉しそうにはしゃいでいた。
 やがて校門が見えてきて、久しぶりに矢口さんの車が見えた。矢口さんは私に気づくと、ゆっくりとお辞儀をしてきた。そして、日傘をさすと後部座席のドアを開けに行く。
「いってきなさいな」
 私は桃香に背中を押され、校門まで走った。地面へ落ちていく紅葉の横を、私は流れるように通り過ぎていく。心が高まり、額に汗を浮かんでくる。数メートル先なのに、走っている間はとても長く思えた。
私が校門前に着くと、後部座席から一人の女子生徒が降りてきて、日傘を受け取った。私の前に経つと、彼女は私をじっと見つめてきた。私はこの先にどんな辛いことがあろうと自分に正直でいられるよう、彼女の瞳をしっかりと見据えて、ただ一言伝える。
「おかえり、彩月」
「ただいま、理沙ちゃん」
 彼女の赤い瞳は、柔らかな陽だまりのように優しく輝いていた。

おしまい

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