ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その13 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その13

 授業が終わると、私は人の気配が無い体育裏にやってきた。古い木々が生い茂り、夕日を遮っている。ここには体育用具を取り出せる倉庫の入り口があるが、道は平坦ではなく石が転がって足場が悪く、ドアが開けられた様子は殆ど無い。結果、正面口から用具を取り出せば済む話になり、人通りの少ない場所となっていた。まぁ、たまにここで煙草を吸っている馬鹿な生徒もいるみたいだけど。こんなところで男子に告白されるものなのかなとか、好みな先輩のことを頭の片隅で思い出してしまったが、現実はそんなに甘くないよなと溜息をつく羽目になってしまった。それに、今から話すことはそんな嬉しいものではない。まだまだ人生は先が長いというのに、辛いものだ。
 木々の間から差し込む夕日は綺麗だった。夏もすぐそばまで来ているようで、遠くで蝉の鳴き声が響いている。私は気を紛らわせるため、地面に落ちている石ころを手にとって、数メートル先の老木に向かって投げてみた。石は老木の左側に少しそれ、かするようにして当たった。また、私は溜息をつく。落ち着こうと思えば思うほど、胸の鼓動が早くなる。人見知りの私にとって見ず知らずの人と正面切って話すことが、どれだけ嫌か分かっているつもりだった。
「落ち着くんだ。私」
 そうやって何度も呪文のように呟いて、相手が来るのを待っていた。
「笹木さん……いますか……?」
 私が気持ちを落ち着かせていると向かい側の通路から、一人の女子生徒が恐る恐るやってきた。私の全く知らない生徒だったが、上級生といった感じではない。彼女はこちらに気付くと、姿勢正しくして私の方へ歩いてきた。私は近寄ってくる相手を驚かさないように、眉一つも動かさずに彼女がそばへ来るのを待っていた。彼女は私の近くまで来ると、眼鏡をかけ直して私の目を見つめてきた。
「私、1年C組の栗谷静(くりやしずか)と言います」
「栗谷さん……隣のクラス子ね。御免なさい、こんなところに呼び出してしまって」
「いえ、それより笹木さんに謝りたいことが沢山あるんです。順を追って、説明させてくれませんか?」
「……えぇ、お願い」
弱々しく話し始める彼女を見て、私は拍子抜けしていた。こんなか弱い女の子が、本当に彩月を陥れるようなことをしたのか、と。胸の中が更にもやもやとし始める。
「天野さん、なんですけど。私たちのクラスでもよく知れ渡っていた人なんです。元気で明るくて、優しくて。時々、私達のクラスに遊びに来ることもあって、同じ学年の子だけど、あの人のことを尊敬していました。それで私、従姉妹にも素敵な女の子が同学年にいるんだって話したことがあるんです。そしたら、従姉妹の後輩だったことが分かって……これが送れてきたんです」
 彼女は自分の携帯を取り出して、従姉妹から添付されて送ってこられた写真を私に見せてきた。あの時、桃香に見せてもらった時の卒業アルバムの写真だった。
「従姉妹は仲の良かった後輩からその写真をもらったらしいんです。最初のうちは私もクラスの子達とこのことを面白がって見せたり送ったりしていました。その内、段々何で天野さんはそのことを隠しているのか気になって、私、直接聞いちゃったんです。そしたら凄い顔をして、こっちを見て、どこで知ったのかって色々と質問されてその……」
「何で天野さんはコンタクトレンズで目のことを隠していたのに、彼女が触れて欲しくないことだったって思わなかったの?」
「それは、その……」
「ねぇ、どうして?」
「……桃香ちゃんにも言われました。私はただ、興味があって天野さんに聞いてしまったんです。触れて欲しく無いことかもしれないというのは承知の上でした。それに――」
「それに?」
「伝えたかったんです。あんな宝石のような綺麗な目をしていたから。過去に何があったか私は知りません。けど、周りにバレないようにずっと隠す必要なんてないって、伝えたかった」
「それは……それは、あなたの勝手な意見じゃないの?」
「そうです。天野さんの気持ちを分からないまま、私が勝手にしたことです。私が勝手に望んだことだったんです。平穏であればよかった。目についても自分一人で知らないふりをしていれば良かった。それで天野さんは幸せだったのかもしれないと。でも、彼女は本心で話せていない時があったように思うんです。もっと誰かと遊びたそうにしていても、すぐにどこかに行ってしまう。人と関わり過ぎたら行けないと思っているかのように。だけど、これは私が間違っていた」
「……栗谷さん」
「だから、全部私が悪いんです。こんなことになったのも、全て私が悪い。天野さんにも、天野さんと仲の良かった笹木さんにも謝りたいって思っていました。でも、私は勇気が無かったんです。何も知らないふりして、ずっと黙っていて、このまま何事も無く終わってくれたら良いのにとか、そんな都合のいいことを思っていたんです。そんな時に、笹木さんに呼ばれた」
 彼女は真っ直ぐ私の目を見て語り明かした。栗谷さんは必死に涙をこらえながら私を見つめている。この人のせいで、彩月が目を焼くことになってしまった原因だと分かっていても、私はこの子に怒りをぶつける必要が無いのではないかと思っていた。人は触れてはいけないと分かっていても、好奇心によって動いてしまうことがある。
「最近、あんまり絡まなくなっちゃったね。御免」
 そうだ。私も彩月の目について口走ったことがある。あの日、もし彼女の精神が不安定だったのなら、今と同じ結末になっていたのだろうか。そしたら私は立ち直れたのだろうか。素敵な目をしているのも分かるし、隠す必要無いとも言いたかった。過去に何があったのか、興味もあった。知りたかった。ずっと、知りたいと思った。話すと今の関係が崩れてしまうって恐れていたんだ。それをこの子が、全て壊してしまった。
「だからね、理沙。何事も恐れずに自分に思った通りに行動してもいいんだよ。君が正しいと思うのなら。後悔するぐらいならね」
 パパの話を思い出す。私と同じように、この子は正しいと思って行動したのだろうか? ずっと一人で悩んでいた彩月を助けたかった。ただそれだけの行動だった。私もそうしたいと思っている。私は……栗谷さんをどうしたいんだ。
 私は全てを知って、その後……何がしたかったんだ?
「笹木さん、本当に御免なさい。謝って許されることではないと思う。だから……」
「――分かった。栗谷さん、この話はもういいよ。御免なさい」
 それから、私の決断は早かった。私にはこれ以上叱る資格と話を続ける自信が無かった。私は決して栗谷さんの行動が許されるとは思わないが、勇気のいる行動だった。
「栗谷さん。話してくれてありがとう。私はあなたの行動が正しかったと思わない。あなたに悪意が無かったとしても、やってしまったことは取り返しがつかない。噂というのは連鎖していくものだから」
「はい」
「だから、天野さんが帰ってきたら、ちゃんと謝ってね」
「はい。本当に御免なさい……」
「いいの。こっちも怖がらせてしまって御免なさい。私がちゃんとあの子に話してくる。後は私に任せて」
 私はハンカチで栗谷さんの目に溜まっていた涙を拭いてあげて、抱きしめた。わんわん泣き出すかと思ったが、栗谷さんは最後まで泣くことはなかった。
 栗谷さんと別れると、私は教室に鞄を取りに向かっていた。いざ一人になると色んな思いが、私の頭の中でレコードのようにぐるぐると回転し始めて鳴り響いた。
 結局、私は何をしたかったのか。全て栗谷さんが悪かったのだろうか。
 彩月に投げつけられたのは、悪意なき悪意だった。彼女が予想していなかった結末だ。
 自身が好いた人間に対して、救いの手を差し伸べたくならないはずがない。
 勇気を出して栗谷さんは行動したけれど、彩月にとっては刺し殺そうとしてくる人間に見えてしまった。
 栗谷さんは気付いていた。彼女が本心で人と関われないことを。
 何か起こることを怖がって、友達との関係を築かないことを。
 走って校舎を飛び出した時。私は見ていたはずだ。彼女が酷い顔をしていたのを。
何故私は彼女の後を追わなかったんだ。何故待ち続けてしまった。
 私は恐れていた。本心を探ることで嫌われてしまうのではないか。今の関係が崩壊してしまうのではないかと。
 たまたま知ってしまった秘密事一つで、彩月にとっての特別になったと思い込んでいたんだ。
 私の中にあるもやもやしたものは未だに残っている。
 全て栗谷さんが悪いのではないかと思っていた。思い込もうとしていた。
 だったら、だったらこの。このどうしようもない怒りはどこにぶつければいい!

 握った拳を思いっきり壁にぶつけていた。コンクリートの壁だったせいで、衝突音は聞こえなかったが、痺れるような痛みが右拳から腕にかけて広がっていった。私はどうしようもない気持ちを抑えきれなかった。頭の中で流れていた私の思いが詰まっていた曲は止まった。あぁ、そうか。私の中にあったこのもやもやは、どうすることもできない現状に対する怒りだったんだ。自分が何もできなかったことに対する怒りだ。それを栗谷さんに全部ぶつけるつもりだった。でも、それは悪意なき悪意によって放たれることはなかった。
 今になって私は、彩月のことを何一つとして心配していなかったのではないかと思う。彩月のために私は動き出したはずが、全てこの胸の中にある私の怒りを収めようとしたかっただけなんじゃないかって。
だとしたら何て私は愚かな人間なんだって、かさぶたの剥がれた右拳を左手で抑えながら、その場で立ち尽くしていた。

 気持ちを落ち着かせて拳を抑えながら教室に戻ると、誰一人も残っていなかった。鞄に教科書を収納して、こそこそと携帯を取り出して見ると、久しぶりに見る名前がモニタ上に表示されている。彩月から連絡が来ていた。
 連絡が遅くなって御免なさい。明日、学校が終わったら会えない? 話したいことがあるの――と書かれていた。

続く


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