[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「理沙。最近学校は楽しいか?」
仕事から帰宅したパパが、食事中に思い出したかのように聞いてきた。晩ご飯の時間はパパと会話を交わせる唯一の時間といっていいほど貴重な時間だ。パパが学校のことを聞いてくることもあれば、私が会社のことをパパに聞くこともある。互いに今日あった出来事を話しあえるくらい、パパとの仲はよかった。
「勉強のほうは順調です。この前話していた数学の小テストも百点満点でしたし、今日あった英語も発音がいいって先生に誉められました」
「へぇ、それはすごいじゃないか。我が子ながら、頭のいい子に育ったものだ」
「いや、そんなにすごいことじゃないですよ。学生として当たり前のことをしているだけですし……ただ……」
「ただ?」
「……あまり人間関係がうまくいっていないです。何というか、クラスに溶け込めていないといったほうが正しいでしょうか。今、パパとこうやって楽しくお話できる相手がいなくて、上辺だけの付き合いをしてしまうんです。つい周りを見下してしまっている気がして、私自身あまりいい気分じゃなくて、いやな感じ、です」
この際だから、私の悩みをパパに打ち明けることにした。この悩みを誰かに打ち明けることができないのなら、責めて仲のよいパパにだけは話していいのではと思い至ったからだ。
「それは困ったな。パパもあまり人と関わるのがうまいわけじゃないからね。ママにはそれでよく困らせてしまっていたよ」
「そうなんですか? 私と会話しているときはそんな風に感じたことはありませんが……」
「理沙がいい子だからだよ。本当にもっと子供っぽくわがまま言ったり甘えたりしてもいいのに」
「いやいや、私は子供ですよ。パパに甘えてばかり、迷惑かけてばかりです。もっと大人になって、パパのように一人で何でもこなせる素敵な女性になりたいんですよ」
「ハハハ、そうかい。パパはそんなに自分のことが凄いとは思っていないんだけどね。まいったな」
パパは私の誉め言葉に対して謙虚に答え、私の作ったカレーを食べる。最後の一口を口の中に頬張って食べ、両手をあわせごちそうさまでしたと言った。
「その、人間関係にしても何にしても、理沙は理沙らしく生きるのが一番だと思うよ。自分を見失ってしまうと、ロクなことにならないからね」
「うーん。そういうものなのでしょうか」
「そういうものじゃないのかな。まぁ、多少は改善すべきなのかもしれないけど、無理しすぎるのはよくない。今の理沙でも、きっと分かってくれる人がいつか現れるさ。そしてその人を受け入れて大事にすれば、何の問題もないよ」
「……分かりました。受け入れること、ですね。努力してみます」
「そんな大げさに身構えなくてもいいんだよ。ハハハ」
私が真面目に悩んでいるというのに、パパは笑っていた。むっとして、パパを見てみたものの、パパはそれに気づくことなく、スプーンと空になったカレーの皿を持って立ち上がった。
「後、今日のカレー。おいしかったよ。いつも苦労させて悪いね」
突然、パパは私の作ったカレーを誉めてきた。むっとさせていた顔を慌てて戻して、にっこりとほほえんでみる。
「あ、いえ。パパはお仕事で忙しいのですから、これぐらい当然ですよ」
「たまには、外食でもいいんだよ。作るのが面倒なときはそういってくれ」
「はい、ありがとう。パパ」
水道の蛇口をひねり、パパは自分の皿を洗い出す。自分の皿は自分で洗う。これはたった二人の家族で決めたルール。互いに支えながらこの平和な家庭を築いている。ママがいればまだ違った人生だったのかもしれないけど、私が生まれてくるときに運悪く亡くなってしまった。それでも、パパだけしか血の繋がっているものがいないってことに不満を持ったことはない。それほど、私の中ではパパは素敵な父親なのだ。
しかし、本当に私はこのままの私でいいのだろうか。パパはそういったものの、自分の中では納得いってはいなかった。果たして今の自分に納得していない私が、現状のまま過ごしたところで、この拭えない嫌悪感を拭うことができるのだろうか。
しばらくじっと皿の上にあるカレーを眺めて考え込んだが、水の流れていく音が聞こえなくなると同時に、私は一度考えるのをやめた。スプーンを動かしてカレーを頬張った。きっとどうにかなる。どうにかなるはずさ。そう自分に言い聞かせて、カレーを食べ続けた。
≪ 【長編】瞳を見据えて その4 | | HOME | | 【長編】瞳を見据えて その2 ≫ |