ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その7 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その7

 放課後になると私はすぐ家へ帰宅し、部屋着に着替える。そしてそのまま、ソファーに寝そべってゲームを起動していた。横でつけっぱなしにしているテレビとゲームの音が混じって聞こえてくる。ぼーっとしながらゲーム画面を見つめていたが、その内に今日起こった出来事について思い出していた。まず、私の胸の中に渦巻いていたのは罪悪感。私は彼女のことを全く友達だと思っていなかったのだ。それだけに彼女の口から絶交という言葉を聞いたとき、呆然とするしかなかった。ただ彩月にとっては、全クラスメイトを友達だと思っているのかもしれない。あれだけ人と交流するのが上手な子だし、私も彼女のその心の広い枠にたまたま入っているだけなのだろう。
 ……私は何を考えているのだろうか。心が高揚している。あんな可愛い子に友達だと思われているんだと考えると、ちょっとばかりこの先が楽しくなるような気がした。
 こうしている間にもゲーム内の主人公のレベルが上がっていくが、私は未だに殻の中に閉じこもったまま何かが変わるのをただただ待つ。そしてその変化はすぐに訪れる。だが、私の望んでいた未来とは全く異なっているものだった。
 次の日、いつも通り一人で朝食を済ませて登校すると、下駄箱でたまたま彩月と一緒になった。私はおはようと彩月に挨拶したのだが、彼女は身体を振るわせるほど驚いてそのままどこかへ去ってしまう。次の日もその次の日も彩月は顔を合わるたびにぎこちない笑顔を見せて、一目散に逃げてゆく。あの日以来、彼女は私と関わろうとはしなくなったのだ。私はその顔を見るたび、たまたま見てしまったとはいえ、悪いことをしてしまったと罪悪感に苛まれる。私が思っていた以上に彼女は、あの目のことを気にしているのだ。だから、私からもなるべく彼女には近づかず、いつも通り本を読んでいた。こちらから話しかけることはせず、出来る限り自然体を装う。このクラスは彼女を中心に回っている。私はその中心を壊すなんてことはできないのだ。私は右往左往とクラスの子達と楽しく平穏に会話を交わす彩月を見て、そんなことを思う。だから、本をめくる間隔は以前より遅くなっていた。
「ねぇ。理沙ちゃん。ちょっといい?」
 本の向こう側から、私を呼びかける声が聞こえてきた。私は肘をつけて読んでいた本を右側へ動かしてみると、前の席にいる桃香が私を見ていた。
「どうしたの、桃香」
「いや、ちょっとだけ気になったんだけどさ。あなた達、喧嘩でもしたの?」
 何。喧嘩とは。
「えっと。何の話?」
「彩月ちゃんとのことよ。最近、あなた達全然絡んで無いじゃない。珍しい」
「んー……。珍しくはないと思うのだけど」
「いや、珍しい。それも、とっても。あんなに彩月ちゃんから絡まれてたのに、妙だなって思って」
 桃香の話を聞いていて、私と彩月は他者からはそんな風に見られていたのかと改めて実感していた。
「特に何かがあった訳じゃないよ」
「本当に?」
「本当に。確かに最近あんまり話してないけどね……」
「そうなんだ。何かそんな風に思えなかったのだけど」
「何を期待してたの?」
「いや、期待とかそんなんじゃなくてさ。私、あの子好きなのよ。ほら、明るくて笑顔が素敵で、一緒に遊びに行きたいなとか思っているのだけれど、なかなかあっちがそんな気分になってくれなくてね」
「誘いを断るとか?」
「そう。目の不自由なのは分かるけれど、一度もクラスメイトと一緒に遊びに行ったことないのよ。あれは親に指導されているのかしらね。クラスの子達と遊んではいけませんよ、馬鹿がうつるから……みたいな」
「流石にそんな酷いことは言ってないと思うけど」
「冗談よ。でも、何か理沙ちゃんと彩月ちゃんは違っていたのよね。こう、互いに利害関係が一致してるというか、互いの入っていい領域を分かっているみたいな。だから少し心配になったの。それだけ」
「なるほど。私はそんな風に考えたこともなかったよ」
 私は段々と話が鬱陶しく感じ、少しぶっきらぼうに短く返答する。この女は何を考えているのだろう、私と彩月が一緒にいることが気に食わなかったのか? 私を利用して彩月に近づこうとしているのか? でも、特に理沙とは勉強を教えあう関係なだけでーーと言っても、大体私が彼女を手伝うことばかりだが――それ以上のことは何も知らないのだ。あの赤い目のことくらいしか、彼女のことをよく分かっていない。
「まぁ、何もないなら良かった。邪魔してごめんね」
 椅子から立ち上がった桃香はそう言い捨てると、彩月がいるグループに混じって、楽しそうに会話をし始めた。人の輪にとけ込んでいくのが上手いなぁとか私は素直に思った。まるでその様子はコーヒーの中へミルクが混ぜ合わさるかのように鮮やかだった。
 そして季節は六月になる。雨がやまない日々がやってきた。結局髪を切ろうと決意したあの日から変わらず伸ばしたまま。今となって湿気が酷くなり、さっさと切れば良かったと後悔し始める。いざ髪を切りに行こうと思っても、休みの日になるとやっぱり今度にしようと面倒臭く感じてしまうのだ。そんな面倒だと思う気持ちが何回も繰り返してしまい、この髪のパサつきっぷりである。毎朝鏡を見ては、ため息ばかりついていた。太陽の光が刺さず、ジメジメとした空気が憂鬱な気持ちにさせる。授業中もだるそうに瞼をこすっている生徒が多く見られた。ふと視線を彩月に向けると、やはり眠いのかこくんこくんと首が前後に揺れていた。
 放課後になると、私は学校の図書館に向かった。昼休みに図書館に新しく入荷された本が掲示板に張り出されていたからである。本当なら昼休み中に確認したかったが、告知に気付くのが遅すぎた。図書館に入室して、担当の先生に挨拶すると真っ直ぐ新刊コーナーへと向かう。表紙とタイトルが見えるように整列されていた本を眺め、既に読んだことのある本以外を手に取る。冒頭部分とあらすじを確認し、適当にページをめくって借りたい本を探していった。気になる本は幾つかあったが、西野勇作のカメレオンという作品を貸し出すことにした。濃密なファンタジー作品を生み出すのが特徴的な、私のお気に入りの作者である。何を読んでいるのとクラスメイトに聞かれた際、この作者の作品を紹介するのだが、誰一人として知っている人はいなかった。そこそこ有名な作者だと思っていたため、誰も知らないことに対してショックを受けている。
 私は図書の先生に貸し出し申請をして貰い、帰宅しようと靴箱まで向かっていた。が、何か荷物が足りないことに階段を降りている途中で気付いた。そうだ。教室に体育服を置きっぱなしだ。学生鞄には入らないため、別の鞄に入れていたのだった。踵を返して再び階段を上り始め、自分の教室に戻る。校舎には人の気配が無く、静かに雨音だけが音を奏でている。早く家に帰って本を読みたい。駆け足気味で階段を上りきり、教室の扉に手をかけた。ガタガタとぎこちなく開けた教室内で、私はあっと思わず声をあげる。
「あっ……」
 彼女も私に気付いたのか、本からこっちに視線を向けて声をあげていた。気まずい空気のまま、また彼女は本に視線を戻し、黙々と読書をし始める。
「まだ、残っていたんだ」
「迎えの人がね、遅くなるらしくて。今、すごく渋滞しているんだって」
「そっか」
「理沙ちゃんはこんな時間まで何してたの?」
「図書館で新しい本を選んでいたら遅くなって……。後、体育服を教室に忘れて取りに来た」
「ふーん。そうだったんだ……」
 いまいち元気にかける彼女を横目に自分の鞄棚へ向かう。クラスメイトは既に帰宅したか部活に励んでいることだろう。私と彼女の棚以外は空っぽなのを見てそう思った。体育服の入った鞄を持ち、私はまた彩月の方を見る。彼女はずっと黙ったまま、本のページをめくっていた。
「最近、あなた達全然絡んで無いじゃない。珍しい」
 私はその小さな彼女の後ろ姿を見とれているといつだったか、ふと桃香が話してきたことを思い出した。どちらかというと、私は他の人よりもあの子と関わりのないものだと思っていたが、それは勝手にこちらが思っているだけなのか。
「最近、あんまり絡まなくなっちゃったね。御免」
 自然と私は彩月に対して謝っていた。額からじわっと変な汗がでてくる。しまった、私は何を口走っているんだ。取り消ししようにも、出てしまったのは仕方がない。おそるおそる教室から抜け出そうとしたが、それを彩月が声で阻止してきた。
「だって」
「は、はい」
「だって、急に怖くなっちゃって。それで変に関わりづらくなっちゃって。理沙ちゃんが目のことを他の子にばらしちゃわないかと思うと、変に気を使っちゃって……」
 彩月はそこまで言うと本を閉じて、机に顔を突っ伏した。私はその様子を見ていたが、少しだけため息をついて彼女の二、三歩後ろまで近づいた。
「そんなことしないよ。あなたが気にしていることは何となく分かったし、あの時に絶対このことは話さないって約束した」
「約束……」
「そうそう。だから、ね。たまたまとはいえ、見てしまったことは本当に悪かったよ」
 それに私はあの目は綺麗だと思っているよ、とまで言おうとして辞めた。コンプレックスになっているものに対して、私の気持ちを素直に伝えてもそれが心に響いてもらえるか分からない。
「じゃあ、またね」
 そのまま言い逃れるようにそそくさと退室しようとしたが、服の後ろを彩月に摘まれてしまう。グイグイしてくる彩月はそうやって……と俯き加減で言葉を紡いでいく。
「そうやって、何でもかんでも自分のせいにするのは良くないよ。私が教室でコンタクトレンズを直そうとしたのが悪かったの。見られたくなかった癖に、面倒だからってね。だから、これは私のせいなんだよ」
「そうかもしれないけどさ……」
「御免ね。避けたい訳じゃなかったんだ。だから、もう少し落ち着いてから、またちゃんとお話したい」
 相当気にしていたんだと、私は改めて思った。いつもニコニコ笑顔をふりまいている彩月がここまで落ち込んでいるのを見ていると、不思議な気持ちにさせられた。目の前にいるのは彼女だけど、別の人と会話しているような錯覚に陥る。信頼……されているのかな。彼女と交わしていた会話は何気ない些細なものだと思っていたのだけど、素直に気持ちを伝えてくれるくらい、仲が良かったのか。
「前にさ、ミルクキャンディくれたよね。あれおいしかったよ。ありがとう」
「……どういたしまして」
「今度作り方教えてよ。じゃあ、また明日」
 それ以上、彩月に対して何も言えそうになかった。私は平然を装って教室を出て、階段で一度座り込んだ。心臓がバクバクしている。やばい。滅茶苦茶緊張した。何も変なこと言ってなかったよな。大丈夫だよな。そんな思いが頭の中でぐるぐる回る。何度も深呼吸して、最後に上を向いて勢いよく息を吐き出した。また、明日だ。また明日、普通に接すればいいのだ。何も変わらない日常を私は送ればいい。自然に明日を迎えようということを自分へリピート再生させるように言い聞かせて、私は帰路へついた。借りた本のことは家に帰りついてからも、しばらく鞄に入れっぱなしだった。


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