レオの身体が蠢いていた。全身を包んでいたフード付きのマントを脱ぐと、全身の服や皮膚が一枚ずつナイフで削ぐように引き裂かれ筋肉が破裂し、肉塊が地面に飛び散る。最後に残った不気味な人骨は突如発火して、黒い煙幕に覆われていく。こうしてバラバラになった血肉と粉砕されて燃え落ちた白骨、そして人の形を模した不気味な影だけが残った。影は脱ぎ捨てたマントを纏うと、白い目だけが光を放ち出した。
クロスは、嬉しそうに目を見開く。今まで数々の化け物を討伐してきたが、これほど異質な変貌を遂げた相手をみるのは滅多に無い機会だからだ。
「それが君のソフィアか」
「そうだよ」
レオはマントを翻すと眠っているミントの傍により、右手を優しく影の手で掴んだ。
「御免ね。少しの間、おやすみ」
クロスは次に起こるミントの変化を見て、思わず眉間に皺を寄せた。レオが触れたミントの右手から全身へ行き渡るようにゆっくりと透き通っていくのだ。透明になる浸食が徐々に進行し、やがてミントの姿は見えなくなる。存在そのものが消されてしまったような、そんな錯覚をクロスは感じていた。
「……レオ。姫をどこにやった」
「隠したよ。僕にしか届かない場所へ」
「そうか。だが今すぐ姫をこちらへ引き渡せ。最早一刻の猶予も無いのだ」
「……レオ。分かるだろう。国王は狂っている。まだ十五にも満たないこの子と、無理矢理にでも婚約をするつもりなんだよ。既に知っているだろう? 僕と一緒に逃げ出したのも彼女自身の意志なんだ。それでも君は――これ以上ミントに辛い思いをさせる気なのかい」
「このまま君を見逃すと、姫を見つけるべく更に追っ手は増える。側近の私だけではすまなくなる。更に姫を必要としなくなれば、あの方のことだ。遠慮なく兵士に対し、姫の殺害命令を下すことだろう。そうなれば君たちにも辛い思いをさせてしまう上、姫を巡って国民にも被害が出ないとも限らないのだよ」
「だから、婚約を受け入れろと?」
「その方が彼女のためだ」
「違う。あなたはただ恐れているだけだ。正直に生きることを――」
「ほざくな」
クロスはソフィアを発動し、身体の細胞を活性化させる。次の瞬間には音を置き去りにして、数十歩先にいるレオの所にたった一歩で距離を詰めていた。左上半身を捻りながら腰の鞘から剣を抜くと、勢いよくレオの胴を二つに切り裂いた。剣先から放射された太陽のような光が地面を削り、抉られた大地の後を追うように爆発を引き起こした。レオはその衝撃に巻き込まれて、マントが白色の炎に包まれていく。
クロスは手応えが無いのを感じ、陽炎のように揺れるマントを睨む。レオの影は消滅したが、彼はあの爆発で消し飛んだとは考えてはいなかった。
「こちらだよ」
突然降ってきた声の方角を見て、クロスは剣を頭上に構えた。視線の先には、体験したことのない幻想かと思ってしまうような光景が見える。冷静を装っているクロスだったが、内心は同様を隠せなかった。
景色である真っ青の空が一部切り取られ、そのまま彼に降り注ぐように襲いかかってきたのだ。クロスは空を剣で受け止め、鈍い衝撃が腕に伝わっていく。
そして、この私にも突如頭を殴られたような衝撃が襲いかかってきた。
「ったい……。なに……」
私は読んでいたページに右人差し指を入れ、挟むようにして本を閉じた。目の前には箒を持った彩月が呆れたような表情でため息をついている。
「理沙ちゃん。いつまで本読んでいるの?」
「え」
「もう掃除の時間だよ?」
教室の時計を見ると既に昼休みの時間は過ぎており、教室内には掃除用具を持った生徒が集まってきていた。時間はともかく、そもそも昼休みが終わると同時に学校内にチャイムがなるはずなのだが、私はそれにすら気付いていなかったようだ。
「チャイム音も鳴ったのに気付いてないなんて、凄い集中力だね」
「それ、私も同じこと思った」
「いいからほら。机動かそう?」
分かったと彩月に返事をし、再度本を少し開く。先ほど人差し指で留めておいたページの間にしおりを挟んで本を閉じると、引き出しの中に収納した。前に図書館で借りた本、もう数十ページで読み終わりそうだ。
そうか、カメレオンを借りてから結構な日が経とうとしているのか。梅雨は明けて蒸し暑い空気の中、涼しげな風が教室を駆け抜けていく。あれからの彩月は、以前あった私に対する不自然な態度は徐々になくなり、普段通りに接しているどころか教室ではずっと一緒にいるような仲になっていた。たまに前の席にいる桃香はこちらにちょっかいを出してくるようになったが、私はそんなことお構いなしに理沙のことをもっと知ろうと沢山お話をしている。自分らしくもないとは思うが、何だがそれが楽しかった。そして、今週の土曜日には一緒に遊びに出かけることを約束している。どんな一日になるのだろう、楽しみだ。