ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その10 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その10

「後、彩月のことなんだが、持病が悪化したらしく一ヶ月は入院するとのことだ」
 朝会時に突然先生から彩月のことを報告された。教室内がどよめきに包まれると、「はい。皆さん静かに」と先生は手を叩きながらクラスの子達を大人しくさせた。
 私は何事も無かったかのように冷静を装っていたが、内心は物凄く動揺していた。唐突クラスの中心にいた彼女は教室からいなくなって、支えになっていた重力を失ってしまったような奇妙な感覚に陥る。
 こっそり私は携帯を取り出して、机の下に潜らせる。「急にどうしたの。大丈夫?」と短くメールを打って送信したが、放課後になっても彩月から返事はこなかった。もうすぐ夏休みが始まって一緒に遊ぶ約束もしていたのに、何が何やら訳が分からない。
 こうして、またいつも通り退屈な日常が訪れた。学校に行って、家に帰って、何となくゲームの続きをして、パパと食事をしながら互いの話をして、明日を迎える。パパにも彩月の件は話さなかった。話してしまうと途中で意味の分からない状況を再認識してしまって、泣いてしまいそうだったから。私が悪いことをしてしまったのではないかと、自問自答に悩まされる日々が続いた。
 いよいよ本格的に暑い季節へとなってきたので、長かった髪を切りにいった。美容師とぎこちない会話をしつつ、短くなった私は別人のように思えた。無意識ではあったが、少しずつ何か変えたいと思っていたのだ。でも実際には何も変わらず、私はただただずっといつも通りの日常を過ごすだけだった。
「へぇ。思いきりやったね。あなた」
 教室に入ると、ショートヘアになった私を見た桃香がそう話しかけてきた。
「うん。気分転換したくて」
「気分転換……ねぇ……」
 意味ありげに彼女は呟いてきたが、私は何も言い返さず椅子に座り机から本を取り出す。
「あなた、大丈夫?」
 いや話しかけてくんなよ、と思う私の意志とは裏腹に関わらず、桃香は声をかけてくる。この子の少しネチネチとした話し方が、個人的だが私は気に食わない。
「大丈夫って、何が?」
「彩月ちゃんのことよ。あなた落ち込んでるんじゃないかと思ってて」
 図星だった。けど、見抜かれたと思われたくなくて、私はまだ強がってみせる。
「そんなことないよ。……それはしばらく会えないのは寂しいけど、仕方のないことだから」
「仕方のないこと、か。確かにね。それにしても唐突すぎると思うけど、あの眼の病気が悪化するなんて」
「そうですね」
「私ね。何かあったんじゃないかと思ってるの。ほら、彩月ちゃんが来なくなる前、何か様子が変だったでしょ? 先生の話が終わるなり、俯くように走って帰ったじゃない。やっぱりおかしいと思わない?」
「確かに……あの日から眼が悪くなっていたんじゃないかな」
 お喋り好きな桃香に話をさせながら、私はゆっくりと本を読みだした。やめてくれ、もう私の前でその子の話をしないでくれ。今にでも心から喚き叫んでしまいそうだ。そんな風に思っていたが、次に彼女から発せられてた言葉によって益々訳の分からない感情に悩まされることとなる。
「あの子さ。眼が赤くなるくらい病気が悪化しているのに、やっぱり無理していたんじゃないのかなと思うの。それでも学校に来たくて仕方が無かったのは分かるのだけどね……それでも私たちに頼りたくなかったのかしら」
 ドクンと心臓が飛び跳ねていた。本を閉じて、桃香の顔を見た。でも、急に私が反応したことに彼女自身も驚いたのか、ぽかんとした顔で私を見返した。
「ど、どうしたの。大丈夫?」
「何で、そのことを」
「何でって、何を?」
 私は周囲を一度見渡して、誰にも聞かれないように桃香に顔を近づけた。
「赤い眼のこと、誰に聞いたんですか」
「誰って……知らないけど、あの眼を見れば隠してることぐらいは分かるでしょう? 異様に黒いし。あんまり眼を合わせてくれないから、知られたくなかったのは分かるのだけどね。それにメールで写真回ってこなかった?」
「メール……?」
「あぁ、そっか。あなたはあまりクラスの子と関わらないものね。ほら、えっと……。あった。これよ」
 校内は携帯の使用禁止だというのに、桃香は堂々と私に画面を見せてきた。そこには、中学時代の赤い眼をしている彩月がいた。今とは違って彩月は赤い眼を隠すことなく、ありのままの姿で卒業アルバムに写っていた。
「……これ、いつ誰が回してきたの?」
「そうね。五月辺りだったかしら。でも噂を流した最初の人が誰かなんて、私は知らないわよ。もちろん、彼女の前でも気に止めるくらいで何も言わなかった。だって、わざわざカラコンで隠してるのよ? 何か深い事情があるに決まってるじゃない」
「そう、ですね。……そうですね、確かに」
「もしかして、あなた。実際に見てしまったの?」
「……ごめんなさい。これ以上、ちょっと。話、ありがとうございます」
「えぇ。そう、えっとね。あんまり、自分を追い込まないでね。何だか、私から見たあなたはそんな風に見えるの」
「……すみません。本当に、ありがとうございます」
 朝会が始まる前に、一度だけ席を外して急ぎ足でトイレへ向かった。嗚咽が段々漏れてくる、意味の分からない状況に追い込まれて、涙がこぼれてくる。トイレの個室に入って、一度気持ちを落ち着かせる。止まらない涙を一度全部、洗い流す。深呼吸を何度も繰り返す、何事もなかったように教室へ戻れるように、必死に押さえた。
「どうなっているんだ……」
 自然とこぼれてきた言葉は、自身が非常に混乱していることを表すものだった。元々、彩月の眼のことは皆知っていて、それを黙って見過ごしていたんだ。でも、彩月はそのことに一切気づいていなかった。知られたくなかったことは、五月にあのメールを見た人は既に分かっていたんだ。そう考えると、やっぱり彩月が突然走って帰ってきたあの日に何かあったに違いないと思いが巡る。一体何があったの、彩月。黙ってないで、ちゃんとメール返してきてよ。事情を話してよ、彩月。そう思えば思うほど、涙は止まらなかった。
 結局、私は朝会どころか一限目の授業に遅れた。でも体調が優れないと嘘の証言をするとすんなり先生は信用し、私のことを心配してくれた。クラスの人たちは妙な顔で私を見ていたが、前の席の桃香だけは私のことを本当に心配そうに見つめていたと思う。そんな桃香を見て、私は本当に酷い奴だと改めて自分を嫌悪した。

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