ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その11 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その11

 そんな調子で今日一日中、最悪な気分で過ごしていた。先生に質問されても、上の空で何を聞かれたのか分からない。体育のバレーの授業では、思い切り顔面にボールが当たってしまい、しばらく保健室で休む羽目になった。珍しくあの熱血漢溢れる体育の先生が焦っていたのを見て何やってんだ私は、と自分に呆れていた。私は色んな感情が頭の中で交差するのを抑えつけながら、毛布にくるまって深い眠りに落ちていく。
 そして、夢の中で彩月に会った。目が悪いはずなのに、どこまでも続く緑の丘で寝転がって空を眺めていた。
「彩月。こんなところにいたの」
 私が話しかけると、彩月は無邪気に笑って見せた。何でもないけども、感情が高ぶったから笑ってみたという、そんな赤ん坊のような笑顔だった。
「見て見て、理沙ちゃん。こんなに綺麗な青い空だよ」
「そうだね。目は大丈夫なの?」
「今日は調子がいいみたい。なんてね」
 遠くまで広がる空とまばらに飛んでいく白い雲を見て、彩月は嬉しそうにしていた。きっと彼女にとって自由に空を見られることはとても素晴らしいことなのだろう。私は彼女の隣に寝転んで、同じ風に空を見た。別に何の感動もなかったけれども、彩月がそこにいることはとても素敵なことだった。
「私ね。ずっと探しているの」
「何を?」
「教えてあーげないっ」
「はは、何よそれ」
 よく分からない会話をして、おかしくてお互いに顔をほころばせて、そして目が覚めたら日が暮れていた。気付くとそこに青空はなく、保健室の白い天井。静かな保健室の中で今でも彼女の声が耳にこびりついていて、こだまして聞こえてくるような感じがあった。瞼を閉じて、そのこだまが聞こえなくなるまで、ベッドの上に横たわる。そうすることで不思議と落ち着きを取り戻していった。
 保健室の先生にお礼をいい教室へ戻ると、既に夕会をしている最中だった。クラスメイトの視線がこちらに向けられ、恥ずかしい思いをしつつ「お騒がせしました……」と私は一言言って、こそこそと自席へと戻る。朝と同じように桃香が心配そうに顔を伺ってきたが、今度はにこりと愛想笑いをして誤魔化した。
 夕会が終わると、私はそそくさと教室を出て家に帰ることにした。特に今日は誰にも話しかけられたくないので、できる限り人を避けて校門まで歩く。五限目の体育からずっと寝ていたからか、夢の内容も合わさって何だか身体がふわふわとしていたように思える。
 思い返すと彩月がいなくなってから、二週間ほど過ぎていた。時が経つほど、周りの様子はまるで彩月が最初からいなかったのではないかと思うくらいすんなりと学生生活を満喫している。もちろん、桃香のようにたまに話題にあげる人はいるのだが、毎日のように考えていたのは私だけだったのかもしれない。私はこのクラスの中心は彼女だと思っていて、その中心がいなくなった瞬間、今の環境は全て変化してしまうのだろうと考えていた。平穏でいられたのも、明るくいられたのも、変わりなくいられたのも、全ては彼女が作り出したクラスの雰囲気なんだと考えることもあった。でもそれは私の誇大妄想に過ぎなくて、皆は普段通りで特に変わった様子もなく自然体だった。それに腹立たしく思うこともあったけど、彩月からメールの返事も帰ってこず面会しに行くこともできない今、彼女の帰りをただ待つことしかできないのである。きっと私ではこれ以上、何もしてあげることはできない。ただ時間が解決してくれることを願うばかりだ。
 校門前までたどり着くと、見覚えのある人が校内をキョロキョロとのぞき込んでいた。よく見るといつも彩月を送迎していた運転手である。付き添いの人だって彩月は言っていたが、もしかして彼女は既に退院していて近くにいるのだろうか。そんな期待と不安を膨らませていると、運転手と目があって突然声をかけられた。
「あ、こんにちは。笹木さん」
「どうも。……確か、天野さんを送迎している方ですよね」
「えぇ、そうですよ。矢口といいます」
 初めて会話を交わしたけれども、理沙と関わってからは幾度となく矢口さんへお辞儀をしていたから、少し変な感じがした。初めてなのに初めてじゃない感じ。矢口さんはにっこりと笑うと、私の両手を握りしめてしっかりと私の両目を見つめて来た。
「あなたにどうしても話したいことがありまして。この後、一緒にお話できませんか?」
「は、はい。……もしかして、天野さんのことでしょうか」
 私は周りに聞こえないよう、小声で彼女の名前を出すと矢口さんはにっこりと笑って返事をする。
「その通りですよ。少しばかり心苦しくなると思うのだけど」
「大丈夫です。私もその話聞きたいです」
 私は迷うことなく答えた。もしかしたらこの人の話によって、この心の中でもやもやとし続けているものが、全て晴れるかもしれないと思ったからだ。先ほどまで落ち込んでいた心が嘘のように無くなっていた。それほどまでに彩月に何があったのか、真実を知りたかった。
 矢口さんは校門で話しにくいからと、近くのカフェまで一緒に歩いて行った。互いに飲み物が届くと、そうねぇと言って矢口さんから話を切り出す。
「あなたのこと、いつも嬢さまから聞いていましてね。少し変な感じな人だって」
「変な感じ、ですか」
 あの子、私のことをそんな風に思っていたのか。
「えぇ。誰の色にも混じらないけど、でもそこにしっかりと溶け込んでいる。クラスの中心にいて、皆を見守っているような人と言っていましたよ。人に媚びたりしないところが、ポイント高かったみたい」
「いやいや、ただ私はそういうのが苦手なだけなのですよ」
「なるほどねぇ。でも学校での出来事を話すことは大体あなたのことばかりでしてね。もちろん他の子とも仲良くしていたみたいですが、その中でもあなたには心を開いていたみたい」
 矢口さんは話をそこで区切ると、カップに口を当ててゆっくりと珈琲を味わって飲み始めた。一つ一つの動作が上品で、魅力のある大人な女性だと見とれていた。
「それでね、ここから本題なのですが」
 矢口さんはカップをコースターの上に戻して、先ほどまでの緩やかな会話を断ち切るように言った。
「あなたが嬢さまの目に関する噂を流したのですか?」
「は?」
 思わずそんな声が出てしまった。そして瞬時に理解した。私は疑われているのだ。
「嬢さま、そのことでショック受けてしまいましてね。私のこの目がクラスの皆にばれているかもしれないって、とても落ち込んでしまったようです」
「い、いや、違います。あの目に関しては、私は誰にも話していません……。身の潔白を証明しろと言われたら、証拠も無いので無理ですが、私は決してそんなことはしていません」
「なるほどねぇ」
 ゆっくりと首元を締め付けられているような感覚が襲ってきた。落ち着けと、私は何もしていないのだからと心を落ち着かせて、こちらから話を続けた。
「やっぱり、天野さんに何かあったのですか」
「そりゃもう、大変でした。事件が起きる前日、凄く怯えた様子で車に乗ってきましてね。こちらから大丈夫って呼びかけても嬢さまは大丈夫としか答えない。そんな風には見えなかったのですけれどもね」
 淡々と流れるように語る矢口さんは、目を細めて考え深そうにしていた。真実を暴いてやろうと思う、ドラマでよく見る刑事のような鋭い眼光でこちらを伺っている。でも、私は本当に何も知らなかったから矢口さんに対して緊張しつつも、どうにか彼女の情報を引き出そうと心の中で強く思っていた。
「あの日、天野さんは放課後になった瞬間、教室を飛び出ていきました。様子がおかしかったのは、皆気付いていたかと思います」
「えぇ。その通りです。だって彼女、自分で目を焼いたんですもの」
「焼いた……?」
「次の日迎えに行ったのですが、そこには目から血を流す嬢さまがいたのですよ。ビックリして、すぐ救急車を呼んでね、危うく失明するところでした」
「それは、事故とかですか? 朝、日が差し込んだとか」
「ちょっとくらい日差しに当たったところで血を流すまでは至らないですね。後から聞いたのだけど、自分でやったと言っていたわ。まるで太陽の方へ向くひまわりのように、真っ赤に目が焼けてしまうまで、ずっと見ていたらしいの。本当にもう少しで失明してしまうところでしたよ」
 矢口さんがあまりにすんなりと話してくるから、全く実感は沸かなかったけれども、それは想像するだけでぞっとするような恐ろしさを感じた。自分の噂を聞いて、そのショックで自分の目を焼き切ろうとした。
 何故そんな行動をしたのだろう? 今まで交わした彩月との会話を思い出していた。じっと思い返していた。何故。何故なのか。思いを巡らせて、彼女の話を丁寧に読みとっていた。その間も矢口さんはこちらを細い目で除いていたが、そんなに気にならなかった。彩月がそこで何を伝えたかったのか、すぐそこまで私は知っていた気がしたのだから。
 そして、いつの間にか私は乾いた笑いがこぼしていた。
「ここまで言えば、あなたなら分かりますよね」
「はい」
「本当に、嬢さまはお馬鹿さんだと思いませんか?」
「えぇ。馬鹿です。大馬鹿です」
 それは私にも言えたことだった。あの日、異常に気付いて後を追いかけていれば、止めてあげられたかもしれない。そんなくだらないことを考えないでと言えたのかもしれない。それは結果論にしか過ぎない話だけど、私は後悔していた。
「……やはり、あなたは違いますね。悪意なんてこれっぽっちも感じられない」
 矢先ほどの圧迫感のある表情は消え、矢口さんは優しい微笑みでそう呟いた。
「あの嬢さまの一番の友達ですもの。悪い子のはずがないですね」
「そんなこと、ないですよ」
「いえいえ。嬢さまだってきっと気付かれているはずです。きっと、笹木さんはそんなことをする人ではないってことくらい」
「……一つ、質問してもいいですか?」
「えぇ。どうぞ」
「もし、私が意図的に噂を広げて、天野さんを責めた本人だったら、矢口さんはどうするつもりだったのですか」
「あなたの親に電話して「うちの子に何してくれてるのよ!」って、クレームする予定でしたよ」
 私は思わず身震いを起こしまった。それをみた矢口さんはクスクスと含み笑いをして、「冗談ですよ冗談」と付け足す。
「驚かしてしまって、ごめんなさい。でも、なんだかそれって凄く親らしい行動みたいでいいかな、なんて少し考えてしまいましてね。でも、直接誰かに何かされた様子もないし、嬢さまも被害妄想を膨らませ過ぎただけだって、気付きつつあるみたい。私はこの家族に雇われてから三ヶ月ほどしか経ってないですが、やはり昔に辛いことがあって、それを思い出してしまったのでしょう。だからね、私はいずれあなたになら心を開いてくれる時が来ると思って話しかけたのです。勝手なお願いをしていると思うけれども、あの子の支えになって欲しいのですよ。私だけでは、どうしても話してくれないこともありましてね」
「そう、ですね」
「……ごめんなさいね。別に重く受け止めなくてよくて、彼女と普段通りに接して欲しいだけなの。何だか放っておけないのですよ、嬢さま」
「それは何となく分かります。きっと、天野さんの愛されているところなんだと思います。人に気を使いすぎるところ」
「――確かにその通りですね」
 その後は、矢口さんとお互いのことを知るように適当な会話を交わしていた。学校の様子だとか、自分の趣味だとか、好きな本や作家は何かとか。重要なことは全て話終わって私に興味を抱いたのか、先ほどの彩月のこととは関係のない話をしていた。年の離れた友達ができたような感覚があって自然と話していたと思うけれど、心の片隅にはずっと彩月のことがつきまとっていた。
 矢口さんは別れる前に「嬢さまのことよろしくね」と改めて私に伝え、そのまま去っていった。矢口さんの背中が見えなくなると急に目眩がして倒れそうになり、近くの電柱に寄りかかった。矢口さんと会話する際に気を張りすぎてしまっていたのと、彩月の支えになって欲しいという問いに自信がなくなってしまっていたのが、疲労の要因だと思う。
「どうしよう……」
 私はカフェの前で一人、誰にも聞こえない声で弱音を吐いていた。

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