ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その12 忍者ブログ

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【長編】瞳を見据えて その12

 暗闇の中で、コンコンと二回音が鳴った。私の部屋の扉を叩く音。
「理沙。入っても良いかい?」
 音に続いて、パパの声が聞こえてきた。私はじっとベッドの上で座り込み、一呼吸おいてから「どうぞ」と答えた。パパがドアを開けると、廊下の光が差し込んで私を照らした。パパとは目線は合わせないように、そっぽを向いて黙っていた。怒られるかもしれない、と思ったのだ。今日、帰宅してからは掃除も洗濯も料理もせず、ただ部屋に引きこもっていた。本も読む気はせず、ゲームもする気はなく、寝ようにも寝られず、ただただ彩月のことに関して考え続けていた。私は何ができるのかを、ずっとずっと悩んでいたのだ。
「理沙、どうしたんだい。君らしくもない」
「……ごめんなさい。疲れて寝てしまいました」
「だといいけど、目元が真っ赤だよ」
 すぐに泣いていたことがばれてしまった。濁流のように流れてきそうになる感情を、私はぐっとくい止める。そのままお互いに何も言わず沈黙していた。何度かパパのほうを見てしまいそうになるが、それでもずっと視線を逸らしていた。全て見透かされそうな気がして、目を合わせるのを拒んだ。やがて、沈黙に耐えきれなくなったパパが小さくため息をつくと、私に近づいてきて優しくデコピンをかましてきた。
「いたいです」
「ごめんごめん。でもね、話すのが嫌ならいいけれど、あんまり一人で悩んではいけないよ。私に言えなくても、自身で悩みを解決したくても、どこかにはけ口がないとあれやこれやと考えてしまうだけなんだよ」
「はい……」
 確かにパパにこの話をするのは嫌だった。私が生まれてきて愛する人を亡くしたのにも関わらず、私をここまで育ててくれた。たまにママの写真を見るパパはとても寂しげで、小さな頃にそれに私はなるべく心配かけないようにしてきた。しっかりと実の子である私を愛して、面倒をみてくれたのだ。それだけに無性に甘えてみたくなることもある。わがままを言いたくなることは沢山ある。
「パパ。もしもの話ですが」
 だから、私は少しだけパパに聞くことにした。
「なんだい?」
「自分の友人がいじめられているかもしれないって気付いたとき、パパならどうする?」
「あー……そのいじめてくるやつをぶん殴っちゃうかな」
 思わずえっ、と声をあげてしまった。パパの顔を見ると、笑いをこらえている様子で肩が小刻みに震えていた。しまった、冗談を言っていたのか。
「いや、ごめんごめん。ついね。でも今だったら、本当にそうするかもしれないね。母さんは絶対そうしてたから」
「はぁ……。ママって、そんな凶暴だったのですか?」
「そうだね。元々僕自身がいじめられていたところを、ママに助けてもらったんだよ。情けないとか言って、引っ張ってくれたっけ」
 思い出話をするパパは何だかいつもより、一層楽しそうだった。パパとママはそこで初めて通じ合ったのだと思うと、変な出会い方をしたのだなとも思う。
「なんだか昔の僕を見た気がして、やっぱり親子なんだなぁって思ってしまったんだよ。ママはね。人思いが誰よりも強くて、曲がったことが大嫌いだったんだ。いじめた相手もうじうじしていた僕もぶん殴って、そりゃもう彼女は先生に怒られていたものさ。でも、知ったこっちゃないねって面と向かって先生に反抗してさ、おっかない人だなぁって思っていたんだ」
「それは確かにおっかないですね」
「だろう? でもね、僕は彼女を憧れるようになったんだ。周りに流されずに間違ったものは間違っているってしっかり前向いて言うなんて、なかなか難しいものだからね。後、自分が間違っていた時は土下座してでも謝ってくるの」
「何とも真っ直ぐとした行動をするんですね……」
「それでも非常に愛らしい人だったよ。少なくとも、僕にとっては」
 パパはまたいつものように遠い目をしていたが、切なそうにしているよりも楽しそうにしている様子だった。パパにとってそれは青春そのもので、ママと過ごした大切な思い出なのだろう。
「だからね、理沙。何事も恐れずに自分に思った通りに行動してもいいんだよ。君が正しいと思うのなら。後悔するぐらいならね」
「そうですね。はい」
 そう思いきって何事にもぶつかっていけるようなら悩まないんだけどなぁと思いつつも、パパの言葉に勇気付けられていた。そして、また今後どうするべきなのか考え直す。この胸の中に抱えているもやもやを晴らすにはどうしたらいいのか。私は何がしたいのかを。
「……久しぶりに、どこか晩ご飯食べに行こうか」
「いいんですか?」
「たまにはね。何が食べたい?」
「じゃあ……ハンバーグがいいです」
「ハンバーグかぁ。あの定食屋かな?」
「そうですそうです」
「懐かしいなぁ。半年ぶりじゃないかな、行くの」
 私はベッドから降りて、パパの顔を見た。不安な感情が拭えたわけではないけれど、いつもと変わりなくただ優しく微笑んでくれるパパを見ていると、少しばかり落ち着いた気持ちになれる。一度冷静に考え直して見よう。今、私がどうしたいのかを。あの子に対して何をしてあげたいのかを。あの時、私が助けにいけなかったことは十分に後悔したし、これ以上何もしないままでいたくなかった。
 私にとって、彩月は中心にあった。人からは良い子だって尊敬されていて、いつもニコニコ笑っていて話しやすくて、嫌なことを全て忘れさせてくれた。
 私はいつも人とはかけ離れていた場所にいて、観察しているだけの人間だった。時には感心して、時には見下して、あまり周りとは関わらずに生きてきた。
 きっと彩月と仲良くなれたのはたまたまだけど、波長が合っていたのだと思う。特に理由なんていらなくて、一緒にいる時は楽しくて信頼できる仲だったのだ。私が目のことを知って険悪なムードになり、しばらく関わらないこともあったけど、仲直りしてより深く相手のことを知ることができた。
 そして、私も彼女もコンプレックスに対して、一人で悩んできた。私の人と関わるのが苦手なのを和らげてくれたのは彩月のお陰なのだ。私が思っていた以上に、人と関わることに怖がる必要は無かったのかもしれない。
 だから、今度は私が彩月を支えてあげたいんだ。
「ねぇ、桃香。聞きたいことがあるんだ」
 昼休み。桃香が一人で廊下を歩いているところを見つけ、私から話しかけていた。
「何? あなたから話しかけてくるなんて、珍しいわね」
「理沙の目のことについてなんだけどね」
 そういうと、桃香の表情が一瞬で真顔になって、ふむ……と呟いた。右手を腰に当てて、少し高圧的な姿勢で私の目をまっすぐ見つめてくる。
「メールが出回っていた……って言ってたよね?」
「そうね。多分、クラスの子達は大体知っているかもね」
「その回ってきたメールの相手を教えてくれない?」
「……それを聞いて、何をするつもり?」
「探すんだ。その情報をいたずらに流した人と、彼女に目のことを聞いてきた奴を」
 なるほどね、と桃香が呟くと今度は腕を組んで眉をひそめた。何をするかなんて言う必要は無いと思ったけれども、彼女には本音で話さないと教えてもらえない気がした。いつも理由を知りたがって私に話しかけてきたし、ボロを漏らさないか伺うように聞いてくるから、きっと適当な嘘で桃香の機嫌を損ねたら、話をはぐらかされて終わってしまうような気がした。
「もし、私が教えないと言ったら?」
「手当たり次第、他の人に聞いて回るよ。無理にあなたから聞き出すつもりはないんだ」
「なるほど。それじゃあ、もう一つ質問。仮にそのあなたが言う犯人二名が見つかったとして、あなたはどうするの?」
 私は答えるのを少しだけ躊躇った。桃香は私の目を見て、私の思っていること全てを見据えているのではないかと危惧したから。ただ、すぐにその考えを放棄した。もう、本音を隠す必要は無い。私はこの心にあるもやもやとしたものを晴らして、彩月に何も心配することはないと伝えるんだ。
「もし、悪意があって彩月に接したのなら、一発ぶん殴ってくる」
 それを聞いた桃香は、突然表情を歪ませて、次には腹を抱えて笑っていた。廊下で歩いていた人は何があったのかとこっちを振り向いてくる。やめてくれ。私は真面目に桃香と会話していただけで、何もおかしなことはないんだ。こっちを向かないでくれ。
「私は、真面目に話しただけなんだけど……」
「いや~。ごめんごめん。あまりにその、暴力的な答えがあなたの口から出てきたから、ね。理沙ちゃんには全然似合わなくて、びっくりしちゃったのよ」
「似合う似合わないの問題?」
「後はまぁ、もう一つあるんだけどさ。ごめんね。私、あなたに一つ嘘をついていたの」
 嘘をつかれていた? いつ?
「私、誰が最初にメールを流したのか知らないって言ったと思うけど、本当は知っているのよ。それに、彩月ちゃんに直接目のことに聞いた人も、その子なの。色々あってね」
「そうだったんだ……」
「けどまぁ、その子と直接話をした方がいいと思うし、会えないか聞いてみるわね。でもその……すぐに殴りに行くとかやめてあげてね。昔から仲良くしている子なの」
「はい、分かりました」
 桃香はそう言うと、学校に携帯持ち込み禁止にも関わらず、堂々と取り出してメールを打ち出した。その子に連絡してくれているんだろう。もっと言い合いになるのではないかと思っていただけに、何だか肩の力が抜けてしまった。
「あの。桃香」
「何?」
「いままで無愛想な態度とってしまって、ごめんなさい」
 そういうと、桃香は携帯から目線を逸らして私に向かっていたずらっぽく笑った。
「理沙ちゃん。素直になると可愛いとこあるのね」
 急にそんなことを言われてしまい恥ずかしくなった私は、顔を伏せてやめてくださいとだけ否定した。桃香は頭をゆらゆらさせて、機嫌良さそうに鼻歌交じりでメールを打ち続けていた。
続く

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