私は線路上を歩いていた。もうどれほどの時間を歩き続けたか、覚えていない。
そんな私が足取りを止めたのは、木々に包まれた薄暗い森の中。そこで見たものは、少女がレールの上で仰向けになり、夜空を眺めている姿だった。彼女は星空に負けないくらい満天の笑顔で、キラキラと輝いていたのだ。
私は少女に一言聞いてみた。「こんな所で何をしている?」と。すると、少女は声を弾ませて答える。「電車を待っているのです」と。
しかしそんな所で待っていては、電車に轢き殺されてしまうではないか。私はこのまま無視して通り過ぎる訳にもいかず、彼女に忠告を促す。
「そこで寝転がって待つのは危ない。君は死にたいのか?」
「はい。そうです。私は死にたいのです」
何ということだ。はっきりと彼女は、死にたいと宣言してしまった。真っ直ぐで、嘘偽りのない清々しい返答だ。
久しぶりに自殺を目論んでいる者に出会えた。私はそれを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、何とも言い様が無い感情が込み上げてくる。なんせずっと1人でいたものだから、人と話すだなんて滅多に無いのだ。
こうなった以上は、黙って見過ごす訳にはいかない。私は彼女の計画を阻止するため、説得を試みる。
「今すぐ馬鹿なことは止めて、家へ帰りなさい」
「嫌です。馬鹿げてなんかいません。私は本気なのです」
当然のごとく、彼女は私の言葉に従わない。あんなに輝きを持っていた彼女の笑顔は、みるみるうちに怒りへと変わっていく。眉間に皺を寄せて山と谷を作ると、鬼のような形相で私を睨んできた。その変貌っぷりに、私は思わず身震いを起こしてしまったほどだ。
「そんなことをして何になる。いつかは君は死ぬのだ。早まる必要なんて無いではないか」
「そうですね。人間はいずれ勝手に死にます。けど、そのいつかを待てるほど、私は愚かではないのです」
「自害は愚かではないと言うか。これは面白いことを聞いた。それは今を必死に生きる者への冒涜にもなりうるよ」
「いえ、生きるのも死ぬのも愚かでは無いと思います。ただ私はもう、ここで生きていく理由を無くしました。死ぬ理由しか残ってないのです」
彼女は私の説得に応じることなく、不動の信念で死ぬことを望んでいる。何度、彼女をレール上から退けと促しても、そこから動こうとはしなかった。
このままでは仕方がない。順番が逆になってしまったかもしれないが、今度は自害する動機を聞いてみた。私に話してくれるかどうか不安であったが、何も聞かずに退散するよりはいいと思う。
すると彼女は、案外すんなりと答えてくれた。「家族や友達が待っているのです」と。眉間の皺が消え、今度は今にでも消えてしまいそうな悲しい表情を見せた。
「そのためには、自分の命を潰しても惜しくはないと?」
「そうです。二度と会えない人に会えるかもしれないのです。だから、遠くへ行ってしまう前に、急いで追いかけなければならないのです。お願いです、見逃してください。私はあの人達と同じ所へ行きたいのです」
少女の妄言はそれはそれは酷いものだった。ここで自分も死ねば、亡くなったものに会えるとすっかり信じているようだ。日々来るストレスのせいで、追い込まれた末での考えた結果なのか。
今、私に向けられている彼女の真っ直ぐな瞳は、死ぬことに対して一切恐れを抱いていなかった。例えここで生涯を終えても、きっと彼女は何の後悔も残らない。少なくとも、ここに残ることはないのだ。
それでも私は、彼女を止めるべきなのだろう。それが人間としての当然の行為のはずだ。
しかし、私はこれ以上関わる必要は無い。何故なら今の私は、私のためでしかないからだ。それほどまでに強い意志なのであれば、大丈夫。心配はいらずとも、私とは違うはずだ。
「そうか。では、無事に会えるといいね。君の家族や友達に」
「は、はい。ありがとうございます」
再びパッと明るくなった彼女へ微笑み返すと、足元のレールが微小に揺れたのを見た。薄暗かった森が、少しずつ鮮明に光を帯びていく。そろそろ別れの時のようだ。
「邪魔して悪かったね。私は行くとするよ」
「そうですか。おじさんはどこへ行くのですか?」
最後、少女が興味本心で投げかけた問いに、私は答えてあげた。
「私は、私を探して止めるのさ。後悔しているからね。それではお元気で」
線路上を再び歩き始めた私に、「またどこかで会いましょう」と少女は寝転がりながら大きく手を振っていた。
あんな少女の嬉しそうな顔を見れるだなんて、私は幸せ者だ。あんな風になれたら良かったのになと染み染みと思ってしまった。
やがて両目に光を灯した電車が、耳を塞ぎたくなるほどの甲高い奇声をあげ、線路に沿って泳いでいく。
その後、私があの少女に会うことは二度と無かった。
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