ほわいとあっぷる 【SS】厄神様の狂い道 忍者ブログ

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【SS】厄神様の狂い道

     ~厄神様の狂い道~


皆さん、御機嫌よう。私の名は、鍵山雛と申します。
流し雛から、具現化した厄神。
そんな私――鍵山雛は今、人間が最高に下劣な生き物なのだと称しています。


私は人の厄を集め、神々に引き渡す為に生まれた厄神。
それにまだこの世界に生まれて間もない、人の為に生まれたような存在だった。

鍵山家の家系は人の厄を集め、人の苦を飽和させる役目。
私は、母と一緒にその役目を行使し続けてきました。

私の母は、もう随分昔――それはもう、人の寿命が三度尽きて死ぬ程も前から、存在している厄神なの。
私は流し雛から厄神へと具現化を遂げ、たまたま鍵山の名を持つ母に出会いました。
そこで見ず知らずの私と出会い、共に過ごすようになります。
母は、こんな私を愛してくれました。それはもう、本当の母親――人間の親子のように、可愛がってもらえたの。

そしていつしか、私にも鍵山の名を授けられ、人の為に生きる厄神になったのでした。
そんな母は、人間が大好きで、愛していました。

人里に出向いては、人の厄を集め、感謝され、まるで人と神との境界線など、はなから存在していないかと思わせる位、母と人間は仲が良かったのです。
人と関わってる時の母は、いつもニコニコと微笑んでいました。それは作り物ではなく、作られた物でもない、ただただ自然な笑み。

その笑顔は美しくて、清らかで、煌やかだったの。 
私は、そんな母が大好きでした。そんな母の笑顔が大好きでした。寧ろ愛していたと言っても、過言ではないの。
傍に居るだけで嬉しくて。お揃いのリボンとかつけてみたりして。
まるで本当の親子のように、私達は毎日を過ごしていたの。

だけど、それが今。
私達の日常を崩壊させるような出来事が起こったの。

母が一人で人里におもむき、私達の住処に帰ってきた時の事。
私は母がいつもの様子と違う事に気付いた。
身体を引きずるようにして、私を心配させないように必死に近寄る母。

だけど、顔が完全に青ざめており、不健康な肌色をしていた。
ただいまと、苦しそうに母は私に言うと同時に、糸が切れたかのように肩から崩れ落ちる。

私は母の元に向かい、身体に触れた――その時。
母の身体に、膨大な量の厄が入り込んでしまっている事を知ってしまったの。
母の周囲にも、身体にも厄の瘴気が漂っており、病に犯されていた。

私はすぐさま母から厄を吸い取り、出来る限り受け入れることにしたの。
そうした結果、幾分か良くなったのか、母の苦しそうな呼吸が整い、顔色も穏やかなものへと変化していった。
静かな寝息が聞こえてくるのを確認し、私は木の木陰に寝かしつけてあげることにする。
極度のパニック状態に陥らず、冷静に自体を収めた自分を少し褒めつつも、私は何故このような自体になってしまったのか、思考を巡らせた。

そして結果として、考えが纏まり――現在に至る。


「人間なんて生き物。滅んでしまえばいいのよ」


人里に辿り着いた私は、身体から厄を放出し、人間達を憎たらしく呪うかのような視線で見下した。
外に出歩いていた大人や、球遊びではしゃいでいる子供達が次々と苦しみ始め、倒れていく。
呼吸が激しく乱れている者。心臓に手を当て、のたうちまわっている者。嘔吐を繰り返し行う者と、様々な症状が現れ出している。
地獄絵図とは、まさにこの事。

いい気味よ。
私の母を。
私の愛しき母を苦しめた仕返しよ。
あなた達が私の母に対して、必要以上に厄を引き渡したのが悪い。苦しんでいる様を見て、さぞかし喜んでいたんでしょうね。

苦しめた事自体は別にいいわ。そこは平気。苦しめる事に対して、私はそこまで怒っていないの。人は誰かが苦しむのを見て、嘲笑って幸福を求める生き物ですからね。
でもね。その苦しんだ対象になった者が、私の母だという事が許せないの。許したくも無いの。まったくもって、これっぽっちも、一滴たりとも、一寸たりとも許したくは無いのよ。

あぁ、下劣ね。
なんて下劣な生き物なのかしら、人間というものは。
私の母はあなた達を愛していたというのに、あなた達は拒む所か、殺そうとまで考えたのですからね。

「さぁ、人間。災厄に埋もれ満ちて、地獄へと堕ちて沈んで嘆いてみせなさい」

私は更に、周囲に蠢き回る厄を人里に散りばめた。
苦しむ人間達を見下していると、心の底から熱い何かが湧き出て来る感覚に陥る。

……まぁ、分からなくもないかもね。人間。こうしてあなた達が苦しんでいるのを見ていると、不思議と嬉しく思えるのだから。
私は手を前にかざし、厄をもっと噴出させようとした。
もっと憎しみをもっと苦しみをもっと絶望を。そんな願いを込めて……。
――が、私の猛攻はそこまでとなる。


「わりぃ~、鬼はいねぇかぁ~?」


唐突に届いたその声に、私は何か寒気のようなものを感じ、左へ飛びのく。
私が元居た場所に古びた剣がなびき、私の髪をほんの少し斬り去っていった。
間一髪……反応が遅ければやられてた……。

「おぉ、動くか。恐れおののかずに動くか、今のを」

軽快そうな物言いで、私の背後に立つ者。
木々の合間からゆったりと姿を現した者は、実に珍妙な格好をしていた。
人の身体を持ち、顔に六つ目で角を生やした奇妙の仮面を被っている仮面男。
仮面のせいで双眸を確認する事は出来ないが、顔をこちらに向け、見つめているようである。

何、あれ……。
あれが人とも思えないし、妖怪とは違う――。
何か、気味の悪さがこちらまでひしひしと伝わってくる……。
――あの仮面男。正体不明で、何が何だか良く分からないけど。
こちらに剣を向けたという事は、私の邪魔をする敵。人間の味方として、敵と判断してもさほど変わらないでしょうね。

「あらまぁ、鬼じゃないんかあんた。しかもなかなかのべっぴんさんだねぇ~。いや~、アッハッハッハッ」
「あなた、誰なのかしら?」
「悪さしている奴にゃあ、名乗る名なんて、おいは持ち合わせておらんねぇ」
「あっ、そうッ!」

問答無用と言わんばかりの先制攻撃。
周囲に漂う厄を、仮面男に向かって陽炎の如く揺らめかせながら、放った。
逃げる暇も隠れるすべも与えない量の災厄。それをくらって、持ちこたえる身体《うつわ》など、ありはしないわ。

「――何を恐れる、厄神よ?」

まただ。またこの寒気。
今度は身体がまったくいう事が効かなくなり、動かなくなってしまった。

私が厄神という事を知っているのか、この仮面男は……。
――何なの、この嫌な胸騒ぎは。
厄まみれで視界が遮られている先から聞こえてきた声。超えられない防壁を前にして、何故私は相手の言葉に脅される?

と、思った次の瞬間。本当に一瞬の出来事。
瞬きすら許さない程、一瞬だった。
濃い霧状の厄が、風にも吹き飛ばされる事が無いはずの厄が、仮面男が剣を横に振るっただけで、霧散してしまったのだ。

「そんな……ありえないわ……」

厄というものは本来見えずして、架空にあるべき存在。
濃厚で具現化された厄とはいえ、払う事など出来ない。寧ろ、纏わりつくはずなのに……っ。

「ちぃーっと、痛いだろうがぁ。まぁ、死にゃせんだろう」

前方から突き刺さるような衝撃がはしり、混乱していた意識が、一時的にはっきりとなる。
私が冷静になって気付いた時には、腹に剣の鞘で思いっきり突かれて、めり込んでしまっていた時だった。
華奢な身体は後ろによろめき、ふらふらと足がぐらついた。
腹を無理やり押し込まれたからか、一気に肺から空気が外に出ようとして、私は咳き込む。

痛い、痛い、気持ち悪い、気持ち悪い、何て事を――ッ!
痛みに苦しんでいると、急に私の視界がぐわんと勢い良く揺らいだ。
そこで、私が人里を見下していたここが、崖だった事を思い出す。

――しまっ……たッ!

私の視界に空が見えるのは、身体が大きく後ろに逸れてしまっているからだろう。
後ろに身体が傾いて、足場を踏み外した私は、あっという間に落下した。やがて強く地面に叩きつけられて転がり落ちていく。

「あっ……がッ! ぐぁ――うあッ!」

幾度か身体が落下した衝撃で跳ね上がり、その度に私の悲痛な声が吐き出されていく。
転がり落ちた身体はやがて止まり、私は苦痛の念に捕らわれていた。
くッ……正気なのあの人……!
私は厄神ならまだ良かったものの、人だったらとっくに死――。

「おぉ~。やはりあの程度では、死ぬどころか重症にすらならんのう」

そう呟く仮面男は、私の知らずうちに私の前に立ち塞がっていた。堂々と仁王立ちしており、剣の先をこちらに向けている。
早い……そして、詰まれた。これでは好き勝手に動くわけにはいかないわね……。

「まぁ、べっぴんさんだし、ちょいと酷い事しちゃったから、おいの名を名乗ってやろうかねぇ」

特別だぞ? っと言いながら、楽しそうに上下に剣の先を小刻みに動かしてみる仮面男。
あの仮面の裏では、ニヤつきながら私を見下しているに違いないでしょうね。
声がとても喜に満ちているのだもの、嫌らしい……。

「そんなに睨みなさんなって、可愛い顔が台無しやぞ?」
「いいから早く名乗りなさいよ。あんた一体……」
「ある者は、おいを人と呼んだ」

私の発言に対して被せる様に、仮面男は話し始めた。

「ある者はおいを妖怪と、ある者は神と、ある者は妖怪と、ある者は幽霊とも称された事がある。それはどれもあっており、どれでもない。どこにも留まる事の無い、所属不明の存在」
「前置きはいいから、さっさと――」


「『方相氏《ほうそうし》』」


仮面男は自分の名を、真っ向から隠す素振りも見せずに高らかと言い放った。

「旅人であり、厄払いの剣を宿す者。災厄を払う者だ」
「……だからあなた、私の厄を!」
「そういうことだねぇ。まぁ、本来は鬼という災厄を払う者なのだがねぇ。久しくここに訪れてみりゃ、鬼では無く、厄神が人を襲っていると来た。こりゃ、放っておくわけにもいかんからねぇ。何という運命の皮肉なんだろうか」

……その話が本当ならば、私とこの方相氏とは相性は最悪。
私の攻撃手段を全て無効化し、追い払うのだから恐ろしい相手だ。

――恐ろしい……。

やっと気付いた。先程からずっと、方相氏から感じる寒気。
これは……恐れだったんだ。
私は――この人、方相氏を恐れている。

「さて、次はお主の名を聞こうかねぇ」
「くっ……」
「ほれ、どうした? さっさと名乗らんか。さもなくば今回の件。お主が全て悪かったという事で、その顔を貫くぞ?」

好き勝手言うわね、この男……ッ!
反撃したいのに手も足も出ない事が、こんなに苦しい事だなんて……。
従うしか無いなんて……ッ。

「……鍵山雛」
「鍵山?」
「そう、鍵山。鍵山雛よ。人の厄を集め、神々へ厄を引き渡す。人の為に生まれたような神よ」

ここは素直に、名乗っておく事にした。
仕方が無いもの。私だって、勝てない戦いに無謀にも挑戦するほど、頭は悪くない。
これは隙を見て、一気に叩き込む他に勝利は導き出せないわね。
方相氏は暫くうーんと唸っていたのだけど、急に何かを思い出したかのようにあぁっと呟いた。

「……あ~ぁ~ぁ~! なるほどのぅ。噂には聞いとったが、お主が鍵山の娘か! ほ~ほ~ほ~」

――何か一人で盛り上がりだしたんだけど、この人。
何、私の母を知っている素振りを見せているみたいだけど……。

「しかしそれじゃあ、話に繋がりが感じられんねぇ。何故、鍵山家の者が人を襲う? あの家系は人の為にある厄神じゃあ、なかったかのぅ?」
「人が私達を裏切ったのよ……。――腸が煮えくり返りそうだわ。人間共のせいで……母は……ッ!」
「ほぅ……」

方相氏は関心を抱いたのか、私に剣を向けるのを止めると。

「その話、詳しく聞かせてもらおうかねぇ」

意外とこちらの話をすんなりと聞き入れてくれた。


~@~


「ほれ、連れて来てやったぞ」

方相氏はその後。私の話を全て聞き入れると、人間達に話を聞いて回っていた。
厄で苦しむ者も何人かいたが、方相氏はその者の周囲に纏わりつく厄を払うだけで、体内に侵入した厄を払おうとはしなかった。
多分、体内に侵入した厄はあの剣では払えないのだろう。元々、鬼という災厄を払うものって、あの人言っていたものね。

やがて方相氏は、数名の人間を連れて、私の元にやってきた。
男女の一組に、生まれて数ヶ月しか満たなそうな赤ん坊が二人。見た感じでは、家族といった所なのだろうか。

「……この人達がどうかしたのかしら?」
「まぁ、待て。ちゃんと話を聞いてやらにゃ、いかんて」
「話を聞くも何も、私の母は……!」
「ほれお主等。厄神のべっぴんさんがお怒りになっておるぞ。きっちり話、伝えにゃあな」

……私の意見を無視する気なのかしら、この男。
人間共が何と謝ろうと、私が許すとでも思って――。

「すまない鍵山の娘様! 私達はあなた様達に感謝している!」
「――は?」

男の方が赤ん坊を方相氏に預けたかと思ったら、私の眼前で土下座し、奇妙な発言をしてきた。

「感謝している……ですって?」
「はい。鍵山様は、私達の二人の子を死の淵から救って下さりました。その身に受けきれない程の厄を受け入れてでも、窮地から救って下さった優しさに、何とお礼を申せば……!」

……何よそれ。
ちょっと、待ちなさいよ。
何よそれ、この人は何を言っているの?
救ってくれた……ですって?
母が――この二人の子を?

「だけれども、鍵山様がそのせいで、そんな酷い状態にまで陥っているなんて、思っても無かったのです! 本当にすまない、娘様!」
「え……ちょっと何を言っているの? あなた達が無理やり母に厄を大量に引き渡して、苦しませたんじゃ……」
「そげな事、出来るわけねぇわ。お主も母も厄神。人間が何をしようと、返り討ちに合うのがオチじゃないかねぇ」

方相氏が私の疑問に対して、適切な答えを返してきた。
そうかもしれないけど。
そうかもしれないけどッ!

「結局はお主の勘違いってやつだねぇ。お主の母がここに訪れて、厄を十分に集め、受け入れたから、今日は帰ろうとした」

黙れ。

「けど、そこで今にも厄にまみれて死にそうな赤ん坊が二人おった」

黙れ。

「さて、お主の母の性格。おいの記憶が正しければ、きっと無理してでも助けるんじゃないかねぇ? 今すぐにでもね」

黙れ黙れ黙れ。


「結局の所――お主は人間を信じるはおろか、母すらも信じきれてなかったんじゃないんかねぇ?」


方相氏は私がもっとも言われたくなかった事実を私に突きつけてきた。
私が母を……信じきれてなかった?
愛してやまないあの母を、信じきれてなかったですって?

「デタラメ言うんじゃないわよ! 第一、この人間の言っている事が本当だっていう、証拠は……!」
「ならば聞くが、お主も人間がやったという証拠は持ち合わせておるんか?」
「だからそれは、私の母が現に厄に犯されて帰ってきたじゃないの……!」
「そのお主の母が、一度でも人間を殺せなんて事を、お主に仕返しを任せる為に命令でもしたのかねぇ?」
「黙れ……! それ以上……何も言うな……!」
「あの厄神の事だ。お主に心配も何もさせまいと、痩せ我慢でもしていたんじゃないかねぇ?」
「だま……れ……っ」
「――いい加減、現実を見つめんかい。それではお主、厄神の名を名乗る資格も無いわ」

彼の発言がエスカレートするたびに、私の体の震えが大きくなっていく。


『厄神の名を名乗る資格も無い』。


その言葉は、私にとっては母の娘である資格すらないと言われたのも、同然だった。
涙腺が……緩んで……そのまま、崩壊してしまう……。
方相氏に何も言い返す言葉が思いつかずに……ただ、ひたすら泣いた。

こんなに泣くのはあの日以来だろうか。
人に作られ、厄を渡されて、流されて一人になった日。
母に出会ってからもう、泣く事なんて無いと思っていた。
母さえ居れば、母の傍にさえ居れば、全てが上手くいくと思っていたのよ。
だけど、それは安直な考えに過ぎなかったのね。

「私を殺して……。こんな馬鹿げた勘違いをして、母すらも信じられなかったのだもの……。こんな迷惑を人にかけて、恥を晒してしまったのだもの。罪を償う為にも、死んだ方がいいわ。だから、殺して……」
「なら、勝手に死にゃいい」

優しさの欠片も感じられない、鋭く冷たい声で、方相氏は即答する。
さっきまでの陽気さは感じられず、ただひたすらに冷たく、脅威で、やはり恐ろしく感じた。

「そんなもん、人に頼むもんじゃないわ。あほんだら」
「でも、私……っ」
「んな事よりも、あんたにはやらんきゃならん事があるんじゃないかねぇ?」

方相氏は、赤ん坊を両親へと返すと、私の前まで威圧するような足取りで近寄ってくる。
かと思うと、うなだれていた私の顎を無理やりにも上げさせ、前をしっかりと向かせるようにしたのだった。
でも、そんな事よりも驚いたのが――厄神である私に素手で触れてきたことだ。

「あなた、私に触れたら厄が……!」
「ちぃとぐらいなら平気だわ。それよりもあれらを良く見んか」

私は言われたとおりに、彼が指差した方角を見た。
そこには、私の厄を受け、苦しんでいる人間が数名、木々にもたれ掛かっている様子。
私のせいで病気に犯され、悶え苦しむ人間達だった。

「――死にたいなんて、簡単に抜かすな。あいつらがどんだけ今を生きたいと必死に抗っていると思っとるんだ。本当に地獄を見た事もない若造が、生きる意味すらも見つけようとせぬ若造が、一回の失敗をしてまだ生きているというのに、何をぬかしているのかねぇ?」
「生きる意味……」
「お主の母がここに居るとすれば何をする? お主の役目はなんだ? お主の愛するものはなんだ? お主の生きている意味――今ここにいる意味は何だ? 答えはもう、おいには目の前にあると思うがねぇ」

……方相氏。
彼は彼なりに、私を慰めているんだろうか。
母とは全く違う、何か暖かさを感じる。
冷たさの中にある――暖かい何かを。

ここに母がいたとするのなら。私の愛するものが母だというのならば。
きっとあの微笑みを崩す事など無く、優しい笑顔で人々から災厄を受け取るのだろう。
私の生きている意味全ては、きっと今は母の笑顔の為だと思う。だからこそ私は、母と一緒に厄神としての役目を果たそうと思ったのだ。
私が生きる意味があるとしたら――きっとそれは、母みたいな立派で優しい厄神になる事。

あぁ、そうだ……。
私は母が好きなのと同時に、憧れてもいるのだ。
母が人を愛しているというのなら、私も人を愛してみよう。
まだ人の良さなんて、これっぽっちも分からないけど。
母と同じようにすれば、分かってくるものなのかもしれないわね。
――私は厄神。人の災厄を集め、神々へ引き渡す、人の為に生まれた存在。

私は勢い良く立ち上がり、身体をくるりと翻し、回る。
スカートの裾が舞い上がると同時に、風が私の周囲に集まり始めたのだった。


~@~


その後、私は厄を全部回収し終わると、方相氏と共に、母の元へ連れて行った。
結局、私に触れた方相氏も無理していたらしく、少し苦しそうにしていたから、ちゃんと厄を回収してあげたの。痩せ我慢する所は、少し母に似ているのかもしれないわね。

二人を再会させる頃には、母はもう気分が良さそうであった。
この様子からして、厄を神々へと引き渡したのだろう。
聞いてみれば、母と方相氏は約五十四年ぶりに会っただとか。
随分長い年月が過ぎているものね。いや、神にとっては短いのかもしれないけど。
そんな事は、数年しか厄神をやっていない私には分からない感覚だった。

後は、母と方相氏が楽しく談話して、彼はまた旅へ出て行ってしまったの。
何ともおかしな人だったけど、きっと普通に良い人なんだなとは思った。
母には、私が人間達にしてしまった事を伝えて謝った所、デコピンを一発優しくしてきただけで許してくれたの。もちろんいつものようにニコニコ笑顔で。
やっぱり母は優しくて暖かく大好きな所は、この先変わりそうに無い。

ただ、今日。人間達に厄払いをした後に、少しだけ彼らが好きになれたような気がしたの。
実は今日、初めて人間の厄を集めてみたわけで。
そして、私のせいだったというのに人間達は厄を払ってくれたことに感謝してきたわけで。
ありがとうと言って、笑顔でこちらに微笑んでくるのだもの。少なくとも嫌いになれる気がしなかった。


その数年後に私は立派な厄神様になって、幻想郷という場所で自立する事になるのだけれども、それはまた別のお話。


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