ほわいとあっぷる 【長編】瞳を見据えて その5 忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

    

【長編】瞳を見据えて その5

 家から学校までは歩いて十五分程度。家から道なりに沿って左へ直進するだけで到着する。車の通りはさほど多くなく、等間隔に植えられた新緑の木々が歩道に影を作っていた。小学生達がその木陰を踏まぬようにジャンプしながら進んでいる。微笑ましいなと思いつつ、私は邪魔にならないようにその横を通り過ぎていく。小学生の頃は何も考えずとも楽しくいられたのになとか、寂しいことを思いながら。

 入学してから一ヶ月過ぎた五月中旬。少し前まであった桜の花びらも、今じゃどこにも見当たらない。暖かな日差しが眠気を誘うのか、私と同じ学校へ向かう生徒達が気だるそうに欠伸をしていた。ゴールデンウィークが終わって間もないからな……きっと昼夜反転した生活を送っていた人も多いだろう。

 やがて道がひらけて、大通りに出た。その大通りを横断した先に私の学校がある。県内では他の高校と比べて偏差値が高く、たまに制服姿の私達を物珍しそうに見る人がいる。変な男からのナンパが耐えないのもそのせいなのか、もっと目立たない学校に入るべきだったと思うことがある。段々と同じクラスの生徒もちらちらと見え始め、また学校が始まるんだなと憂鬱な気持ちになってきた。講義中はさほど嫌な気分にはならないのだが、休み時間になった途端、自分の居場所が分からなくなっていつも戸惑うのだ。結局、自分の席で小説を読むのが定番になりつつある。少しは誰かと関わらないと将来困るのではないかと思うのだが、どうもそんな気分になれないというのが現状だ。

 赤色に点灯していた信号が青色に変わり、私は顔を俯かせてそそくさと横断する。誰とも目を合わせないようにして向こう側へ渡りきり、足を止めることなく学校へ行く。

 そんな時、見覚えのある車が私の横を通り過ぎていった。その車は校門前で停車すると、運転席から女性が降りてきて日傘を差した。ただ、その日傘は運転手のものではなく、きっと後部座席に座っているあの子のものだ。

「どうぞ。日差し大丈夫そう?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう。帰り、気をつけてね」

「はい。行ってらっしゃい」

 後部座席から日傘を受け取って降りてきたのは、彩月だ。彩月は去っていく車に見えなくなるまで、ぶんぶんと大きく手を振っていた。

「あっ!」

「……あ」

 いつの間にか私は歩みを止めていたのだろうか。そんな様子を見ているうちに、くるりと振り返った彩月と目が合ってしまった。ニヤニヤしながら彩月は私の側に歩み寄ると、ぴたりと止まって日傘をくるくる回して見せる。

「おはよう、理沙ちゃん!」

「お、おはよう。朝から元気だね」

「そりゃ、こんないい天気だもん。日差しが強いけどね」

「あぁ。日差し大丈夫なの?」

「うーん。大丈夫だよ。平気平気。そんなことよりも……はいっ。これあげる!」

 さらっと私の心配を流した彩月は、鞄の中からキャンディが沢山入った小さな瓶を取り出した。市販で売っているようものではなく、丁寧に一つずつ透明な袋に包まれていた。

「昨日作ったから、あげる。いつも数学教えてくれるお礼!」

「このキャンディを彩月が作ったの? ……器用だね。凄い。これ、本当にもらっていいの?」

「いいよいいよ。食べちゃってくださいよ、理沙ちゃん」

 私は瓶の中にあるキャンディを見つめた。手作りのキャンディなんて見たことなどなく、微妙に一つ一つ形が違うのがまた新鮮に思えた。この小瓶に入っているところも可愛らしくて素敵だ。

「じゃあ、先生に用事があるから先に行くね! 一限目、頑張って!」

「あ――キャンディありがとう。また後でね」

 私がそう言うと、彩月は大きく手を振りながら校内へ消えていってしまった。あの耐えることのない笑顔はどこから生まれてくるのだろうか。私は小瓶から一粒キャンディを取り出して、口の中に放り投げた。ミルクと砂糖の甘い味が口の中に広がって溶けていく。たまにはいいことがあるものだと少しだけ憂鬱な気分が晴れた気がした。

 

 

 同じクラスである彩月が「一限目、頑張って!」と他人事のように私を応援したのには理由がある。それは彼女が生まれつき強い日差しに弱いという点だ。いつも彩月は晴天時に、日傘と紫外線をカットするための眼鏡が無いといけない。一限目は体育。こう天気がいい日に野外で授業を受けるとなると、目が弱い彼女は参加できない。だから、彩月は一人教室で自習をすることになっていた。車での送迎があるのも、その目のせいかと思われる。教室では日が当たらない廊下側の席に座っていて、そこを彼女の指定位置にすることを先生が取り決めていた。席替えの際もそこから動かすことはしないという。もちろんそれは彩月と先生が話し合って決めたことである。

「位置について、よーい」

 授業では百メートル走のタイムを測っていた。目の前で男子数名が一斉に走っていったが、ほとんど同じタイミングでゴールしていた。あまり本気で走っている様子ではなかったから、事前に周りと相談して手を抜いていたのだろう。

 既に一回目の測定を終えた私は(ちなみにタイムは十六秒五二。元々、運動は得意な方だ)、クラスメイトが走っている様子を眺めながら先ほどからずっと彩月のことを考えていた。

 クラスの男女ともに人気な彩月であったのだが、本当にあれが彼女自身なのだろうか――私は度々そう思うことがあった。平等に接しているとはいえ、好きな人や嫌いな人はいるだろう。流石に下心丸出しの男子にグイグイ迫られていた時は困ったような顔を見せていたが、それでも笑顔で話題を受け流すことが上手だった。少なくとも私は、彩月が本心で人と会話をしていないのではないかと思っている。私が貰ったあのキャンディもきっと他の人に配っているに違いはなく、面倒な争いが起こらないようにうまく立ち回っているように見えた。突出して仲の良い友達がいなければ、その逆の悪い友達もいる様子はない。それが私には奇妙に感じて仕方ない。だからと言って、自分をよく見せて人を操って楽しんでいるみたいな悪女のようにも見えなく、ただただ面倒なことを抑えているような、そんな風な生き方をしているように見えた。――あくまでこれは私の憶測にしか過ぎないし、考え過ぎなのかもしれないけど。一体何でそんな生き方をしているのだろうと珍しく人に興味を持っていた。だとしても、何故彼女のことをここまで固執して気になっているかは私自身もよく分からないが……。

「笹木ー。ちょっといいか?」

 考えにふけていると、ストップウォッチを持った体育の先生が、一旦生徒たちに走るのを止めさせて、私に声をかけてきた。

「はい。何かありましたか?」

「いや、実は天野に渡し損ねていた課題があったこと思い出してな……すまないが、代わりに持っていってくれないか?」

 天野、という名前に私は過剰に反応するのを抑える。彩月のことだ。

 私は冷静を装って先生の依頼を受けることにする。

「大丈夫ですよ、先生。課題はどれですか?」

「これだよこれ。ファイルの間に挟まっていたからびっくりしたよ。……しかし何だ、お前は優秀な生徒だな。周りの先生から真面目に授業を受けてくれる良い生徒だと誉められていたよ」

「そうなのですか。ありがとうございます」

 急に褒められたのは良いが、私はあまり嬉しい気分にはなれなかった。私自身、何でも言うこと聞く子が、良い子ちゃんだとは思えないからだ。私はただ面倒なことから逃避しているだけですよ、先生。

「それに比べてさっきの男子組と来たら、手を抜いて走ってたな……後で測り直しだ。ちゃんと走るまで何度でも測ってやる」

 やはり先生は気付いていたのか。大人を馬鹿にしているからこうなる。自業自得だ。

 じゃあよろしくと体育の先生に言われ、私はその課題を教室で自習している彩月の元へ届けに行くことになった。ちょっとだけ私は早足気味で、その場を去る。頼まれたとはいえ、彼女の元へ行けることは悪い気分ではなかった。

 

 

続く 






前の話<その4>

次の話<その6>

拍手[0回]

PR

    
  

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © ほわいとあっぷる : All rights reserved

「ほわいとあっぷる」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]